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第14話 あえて言おう、カスであると!(演説の邪魔をしないでください!)

 アリアさんの『ロイヤル生理現象』事件から2時間。


 俺達は戻って来たマッポに乗ってトンボ帰りで学院に帰還するや否や、急いで教職員と全校生徒を中庭へ集合させた。




「なになに~? 何の騒ぎぃ~?」

「なんか学園長から大切なお話があるらしいよぉ」

「コラそこ! 静かにしなさい!」

「あっ、先生! コレは何の集まりですか?」

「それは……先生たちも知りません。ただ緊急を要する案件とだけ……あっ、コラ! ザワザワしない!」




 ざわざわと生徒たちの喧騒けんそうが中庭を支配する。


 その数、教職員も合わせておよそ150人弱。




「始めて学院の全校生徒を確認したけど……人数少ないね?」

「もともとカエル族は森と共に生きる少数民族でしたので。王国とは名乗っておりますが、実態は『魔法使いの村』と言っても差し支えありません」




 中庭の袖で生徒達の様子をアリアさんと共に見守る。


 みな自分たちが置かれている状況をまだ知らないだけに、顔は笑顔だ。


 この笑顔が数分後には全て凍りつくのかと思うと、胸が痛い。




「あっ、他の場所に居る国民たちはどうしよう? 流石にこのままってワケにはいかないでしょ?」

「居ませんよ、そんなの」

「えっ?」

「リバース・ロンドン王国の国民は、この場に居る152名で全員です」

「えっ!? こ、これで全員!? マジで!?」




 マジです、と小さく頷くアリアさん。


 俺は改めて中庭に集まった教職員と生徒たちに視線をやった。


 こ、この人数で女子供しか居ない……。


 戦争なんて出来るワケがない。


 ……いや、これはもう戦争なんかじゃない。


 一方的な蹂躙じゅうりんだ。




「どうする気なの、アリアさん? このままじゃ……」

「タマちゃんさんの言いたい事は分かります。大丈夫です。ワタクシに考えがあります」




 そう言ってアリアさんは学園長の仮面を顔に張り付けると、ツカツカと全生徒の前へと歩みを進めた。


 途端に生徒達の喧騒がピタリッ! と止まる。


 アリアさんは魔法で拡声器のようなモノを作ると、ソレに向かって静かに声を吹き込んだ。




「……みなさんに大切なお知らせがあります」




 アリアさんはその場に集まった教職員と生徒たちの眼をしっかり見ながら言った。




「現在、隣国のパリス・パーリ帝国が大軍を引き連れて学院に向かって進行中。その数、およそ1万」




 数秒の静寂。


 1秒、2秒と心臓が鼓動を刻んでいく。


 だが3秒目はなかった。


 生徒と教職員の混乱に満ちた怒声が中庭を支配した。




「ど、どどどどっ!? どういうこと!? どういうこと!?」

「アタシが知るか!? アタシだって知りたいは!?」

「おぉ~、大変なことになったねぇ~?」

「呑気なことを言っている場合じゃありませんよ、リリアナ姫!? 戦争、戦争ですよ!? 戦争が始まるんですよ!?」

「が、学院長!? い、一体どういう事ですか!?」




 慌てふためく教職員たちを手で制しながら、アリアさんは努めて冷静に声を拡散させた。




「言葉通りの意味です。パリス・パーリ帝国の目的は王国民の……カエル族の魔力――つまり皆さんです。どうやら帝国の地下にある超古代文明の遺産を蘇らせるエネルギー源にするつもりのようです。その後はおそらく奴隷に落ちるか、貴族の慰み者にされるかの2つの1つでしょう」




 あちらこちらで悲鳴の爆弾が爆発する。


 放心する者、泣き叫ぶ者、どうしたらいいのか分からずオロオロする者。


 端から戦うという選択肢は無いのか、皆一様に逃げ腰だった。




「ですが金色水晶様の話ですと、帝国が学院を襲撃する迄まだ3日ほどの猶予があります」




 そこでっ! とアリアさんは声を張り上げ、困惑する生徒たちに向かってハッキリとこう言った。




「今から全員、森を捨ててこの場から逃げます。各自、必要最低限のモノを持って再び中庭に集合しなさい。以上、解散!」

「ま、待ってください学園長!? いえ、アリア姫!」




 踵を返そうとしたアリアさんの背に、例のカガミ先生が「待った!」をかけた。


 カガミ先生はどこかすがるような、嘘だと言ってくれ!? と言わんばかりの必死させ、アリアさんに詰め寄った。




「我々に生まれ故郷を捨てろと!? 先祖代々守って来たこの森を、敵に渡せと言うのですか!?」

「命あっての物種です」




 分かってください、と今にも拳から血が流れ出そうなほど強く握り込むアリアさん。


 本当はこんな事、言いたく無いのだろう。


 しかし王族として民を守らなければならない。


 だから例え『売国奴』とののしられようとも、彼女たちを守るためアリアさんは何度でも同じ決断をするのだろう。


 彼女はなんて強いんだろう。


 と、そこまで考え……俺は気づいた。




 彼女の肩が小刻みに震えていることに。




「……そりゃそうだよな」




 強がってはいるが、彼女はまだ18だ。


 恋だってしたいし、友達と遊びに行きたい! とちばけた事をほざきたいお年頃だ。


 それでも国のため、国民のため、アリア・ウエストウッドという1人の個を殺して最善を選び続ける。


 1歩間違えたら皆死んでしまうかもしれない。


 その恐怖と戦い続けながら、彼女はお姫様を張り続けているんだ。


 重い……なんて重い。


 そのあまりの荷の重さを想像して、俺は眩暈めまいがした。




「時間がありません。帝国はすぐそこまで迫っています。皆さん急いで準備してください。これは王族としての命令です」

「そ、そんな……わたしらココを去らなきゃいけないの? なんで? 悪い事してないのに!?」

「嫌だ……嫌だ、嫌だ! 故郷を捨てるくらいなら死んでやる!」

「バカ、アリア様の命令だ。素直に従え、行くぞ?」

「お姉ちゃん……」




 混乱と喧騒がアリアさんの肌を叩く。


 生徒達から背を向けた刹那、彼女の目尻が光っているように俺には見えた。


 その瞬間、俺の中で『ナニカ』のスイッチの入る音がした。




狼狽うろたえるな、皆の衆!」




 気がつくと、俺はアリアさんの代わりに全校生徒の前へと歩みを進めていた。




「誇り高きカエル族の末裔たちよ! 涙を流すのはまだ早い!」

「た、タマちゃんさん……!?」




 バカデカい声で突然演説を始めた俺に、ギョッ!? と目を見開くアリアさん。


 そんな彼女の気持ちを代弁するかのように、生徒達が俺を見て再びザワザワし始めた。




「えっ? なになに? 今度はナニ!?」

「なんか男が喋ってるよ?」

「タマちゃん……」




 この場に居る全員の視線が俺に突き刺さる。


 152人の視線の暴力と化した圧力を前に、俺は『負けてたまるか!』とダンッ! と2本の足で大地を踏みしめて真正面から受けて立った。




「確かに相手は巨大である。1万もの兵だ、みなの恐怖も分かる。だが逆に考えるんだ! 奴らは1万もの兵を招集しなければ我々152人に勝てないと言っているようなものだ!」


「「「「ッ!?」」」」


「たかだか152名を狩るために1万もの兵を出立させるその愚行……あえて言おう! カスであると!」




 全員の視線が俺に釘付けになるのが分かった。


 チャンスだ、ここで一気に全員の心を奪い取る!




「誇り高きカエル族の諸君! なにも怖がることはない! 明日も明後日も明々後日も、君たちは昨日と変わらぬ日々を送ることが出来るだろう」




 何故ならば――




「何故ならば――ここには俺が……12年前ヘビ族から世界を救った伝説の『男』が居るからだぁぁぁぁ――――ッッ!!」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~ッッ!?!?」」」」




 学院全体を揺らさんばかりの雄叫びが、生徒達の口からジェットエンジンが如き勢いで飛び出て行く。


 その瞳にはもう涙の珠はなく、みなの顔には『希望』という名の華が咲いていた。


「ちょっ、タマちゃんさん!? 一体なにを!?」といまだ状況が呑み込めていないアリアさんを無視して、俺は構わず声を張り上げ続ける。




「伝説はまた繰り返される! 諸君らに12年前の再現を見せてやろう!」

「な、何をテキトーな事を!? タマちゃんさん、いい加減に――」

「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~ッッ!?!?」」」」




 アリアさんの声は生徒たちの興奮と熱気により、アッサリと悠久ゆうきゅう彼方かなたへと洗い流された。


 会場のボルテージは完全にマックスである。


 もはやこの熱狂を止められるモノなど誰も居ない。




「タマちゃんさん!? 何をテキトーな事を言っているんですか!? どうするんですか!? 皆さん、完全にその気になってますよ!? もう逃げられませんよ!?」

「安心しろ、アリアさん」




 ガバッ! と勢いよく俺の胸元を握りしめるお姫様。


 まったく、お転婆だなぁ♪


 俺はそんな愛すべきじゃじゃ馬姫に勝利の笑みと共にハッキリとこう言ってやった。




「大丈夫――俺に秘策がある」

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