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第8話 ファーストキスはレモン味って本当ですか?(迷信ですよ?)

 謎のオカッパメガネの襲来により、チンチンとさよならバイバイしかけて1時間。


 時刻は午前1時少し過ぎのリバース・ロンドン女子魔法学院付近の森の中。




「姫さまぁっ!? リリアナ姫さまぁぁぁっ!?」

「返事をしてください姫様~っ?」




 闇夜の空をぷかぷか気持ち良さそうに浮いたお月さまが、フルティンの俺の身体を優しく照らす。


 それはまるでこの身体に宿った邪気を浄化するかのように。




「アヤメの話だと姫様を攫った犯人は男だ! 名残惜しいが見つけ次第抹殺して構わん! 姫様救出が大優先だ!」

「「「「はいっ!」」」」




 新鮮な空気を肺一杯に吸い込めば、細胞が歓喜の産声をあげる。


 まるで心が洗われるようだ。


 俺はゆっくりと吐息を溢しながら、




「見つけた、男だ! 姫様も居るぞぉぉっ!」

「チッ、もうバレたか!」




 ――俺を殺そうとするリバース・ロンドン魔法女子学院の面々から全力で逃げていた。




「気をつけろ、奴は姫を抱えて逃走している! 決して姫様にケガをさせてはならん!」

「頭だ、頭を狙え!」

「喰らえ、銃撃魔法ガトリング・バルカン!」




 ズドドドドッ! と背後から魔法の塊のようなモノが俺めがけて飛んでくる。


 俺はソレを近くの木々や茂みを利用しながらなんとか躱していく。


 魔法の塊が当たった木の幹は向こう側が見えるまで貫通しており、マジか!?




「な、なんて威力だ!? うぉ、今度は前からも!? クソ、戦術的に攻めてきやがった! ここが学院という名の戦場か!?」




 四方八方から魔力の塊が飛んできて、迂闊に動けなくなる。


 チクショウ!


 俺1人ならこの位の包囲網、簡単に抜け出すことが出来るのに!?


 俺は我が腕の中で気持ち良さそうに眠るリリアナちゃんを見下ろす。


 彼女から1メートル以上離れられない【使い魔契約】のせいで、動きに制限が掛かってしょうがねぇ。


 せめてリリアナちゃんが起きてくれば幾らからやりようはあるのだが……もう全然起きないのね彼女。


 この状況でも熟睡できるとは……彼女は将来どんな偉人に成長するというのだろうか?




「リリアナちゃん、起きて? 助けて?」

「んん~? ……えへへ~♪ もう食べられないよぉ~♪」

「おいっ! ベタな寝言を言ってんじゃねぇぞ、メス豚!? 起きて俺様を助けてくれ! お願い、100円あげるからぁ~!?」




 激しく身体を揺すっても、耳持ちで大声を出しても一向に起きる気配のないリリアナちゃん。


 なんかもう腹立ってきたな?


 そのデカパイ、揉んでやろうかしらん?




「狙撃魔法スナイプ・スナイプ」




 チュンッ! と俺の耳元を魔法の塊が通過していく。


 アカン。こいつら、マジで俺のタマを取りにきとるでぇ!?




「ふざけんな! なんでコッチの世界に来てから俺はタマばかり狙われるんだ!?」




 タマキンは消失するは、タマタマは切断されそうになるは、挙句の果てにはタマを取られそうなるはと……もはや神様の悪意が俺に集中砲火しているとしか思えない。


 ねぇ、神様?


 俺、そんなに悪いことした?




「チクショウ!? この際悪魔でもいい! 誰でもいいから俺を助けてくれ!」

『コッチです、タマちゃんさん』

「へっ?」




 珍しく俺の願いが天に届いたらしい。


 声のした方向に視線を向けると、そこには青白く光る蝶々が俺を誘うように浮いていた。




『ワタクシのあとに付いて来てください』

「えっと、アナタ(?)は?」

『説明は後です』




 急いで! と蝶々に急かされ、俺は慌てて蝶々さんの後を追いかけた。


 すると不思議なことに、あれだけ俺を襲っていた銃撃の雨がピタリッ! と止んだではないか。


 えっ? えっ? 


 なになに?


 どういうこと?




「なっ!? お、男が消えた!? 姫様と一緒に消えた!?」

「そ、そんなバカな!? さっきまで確かにココに……っ!?」

「お、落ち着け! まだ近くに居るハズだ!」




 探せ! と森の中に轟くババァの怒声をBGMに、俺は蝶々さんのあとを付いて歩いた。




「どうなってんの、コレ? なんで皆、俺たちを見失ってるの? こんなに堂々と歩いているのに?」

『ワタクシが認識阻害魔法を使っているからですね。これで暫くの間は誰もワタクシたちを見つける事は出来ません』




 よく分からんが、どうやら魔法らしい。


 魔法、すげぇ……。




「誰だが分かりませんが、助かりました蝶々さん。いや本当、蝶々さんは命の恩人だ!」

『いえ、アナタをコチラの世界に連れてきてしまった責任がありますし、当然のことです』

「うん?」




 俺をこの世界に連れて来た?


 何を言っているんだ、この蝶々さんは?


 俺が小首を傾げると同時に、森の中を抜ける蝶々さん。


 やがて俺の視界いっぱいに巨大な湖が姿を現した。




「おぉ~……幻想的だぁ」

「綺麗な場所でしょ? ワタクシのお気に入りの1つです」




 そう言うや否や、蝶々さんの身体が強く発光し始めた。


 かと思えば、蝶々さんの身体がどんどん人型になっていき……気がつくとドレスを身に纏った銀髪の美少女が姿を現した。


 俺はこの美少女を知っている。


 俺が異世界に来るキッカケになった――




「アリアさん!? あの蝶々、アリアさんだったの!?」

「簡単な変身魔法です。それよりもその……ま、前を隠してください」




 アリアさんは暗闇でも分かるほどハッキリと頬を赤らめながら、俺から視線を切る。


 そう言えば、今の俺はフルティンだった。


 よくよく考えれば非常識である。




「おっとぉ? これは失敬。でも隠そうにも隠せるモノが無くて……。何か布とか持ってません、アリアさん?」

「ではコレを身に着けてください」




 アリアさんは俺に視線を切ったまま、指先をツイッ! と動かした。


 瞬間、ポンッ! というコミカルな音と共に俺の手元にスーツが出現した。




「すげぇ!? どうやったの、コレ!?」

「簡単な模写魔法です。タマちゃんさんの服は1度ているので、再現は容易よういでした」

「魔法すげぇ……」




 確かによく見ると、肌触りとか俺がコッチに着て来たスーツとは若干違う。


 明らかに俺の安物のスーツより、コッチの方が高級そうだ。


 俺は「ありがとう、アリアさん!」とお姫様にお礼の言葉を口にしつつ、やたら手触りの良いスーツに袖を通した。


 局部が隠れると、アリアさんはようやく安心したように『ほっ』と吐息を溢し、再び俺と相対した。




「驚きましたよ? 寝ようとしたら妹を抱えたタマちゃんさんが学生たちに追われていたんですから。一体ナニがあったんですか?」

「そうだ、聞いてくれアリアさん! 実はチ●チンがバイバイしてタマタマと命々《タマタマ》を奪われそうになったんだよ!?」

「……ほんとにナニがあったんですか?」




 いかん、端折はしょり過ぎた。


 俺は改めて1時間前にこの身に降りかかった悲劇をアリアさんに説明した。


 アリアさんは頭痛をこらえるように眉間を指先で揉みながら「ハァ……」盛大にため息を溢した。




「まったく……アヤメは。申し訳ありませんでした、タマちゃんさん。あの子、興味のある事は周りの迷惑をかえりみず実験しようとするクセがありまして……。わ、悪い子ではないのですが、ちょっと自分の世界に引きこもりがちな子でして……その本当に申し訳ありません」

「いやいや、アリアさんが謝ることじゃないですよ」

「いえ、彼女を好きにさせてしまった学園長であるワタクシの責任です」




 自分がやらかした事ではないのに猛省し始めるアリアさん。


 この子はアレだ、妹とは正反対の子だ。


 リリアナちゃんとは違い、責任感が強すぎる。


 アリアさんとリリアナちゃんを足して2で割ったら、多分パーフェクトな美少女が誕生するんだろうなぁ。


 ほんと神様はイジワルである。




「しかしケガの功名とでも言いましょうか。学生たちが魔法をバカスカ撃ってくれたおかげで、一週間も待たずに森の中の魔力が溜まりました」




 そう言ってアリアさんは俺に向かってその白魚のような指先を差し出した。




「タマちゃんさん」

「はい、なんでしょう?」

「今なら【使い魔契約】を破棄することが出来ますが……どうしますか?」

「ま、マジですか!?」




 マジです、と頷くアリアさん。


 なら俺の答えは1つしかない。




「ぜひお願いします! ほんとお願いします!」

「承りました。ではタマちゃんさん、お手をコチラに」




 俺は純白のグローブに嵌められたアリアさんの手を取った。


 うわっ!?


 小さっ!?


 アリアさんの手、小っさ!?


 なんていうか、少しでも力をこめたら折れてしまいそうな儚いイメージを俺に与えた。




「では、行きましょうか」

「えっ? どこへ?」

「すぐそこです」




 そう言ってアリアさんは、俺の手を引っ張って湖の中へ進み――えっ!?




「ちょっ、アリアさん!? 待って!? 俺、泳げない!? 泳げないです!?」

「大丈夫ですよ。下を見てください」




 俺のリアクションが面白かったのかクスクス♪ と笑うアリアさん。


 いや笑っている場合じゃねぇよ!?


 このままじゃ溺れる……って、あれ?




「う、浮いている……? 俺達、湖の上を浮いてる?」

「水上歩行魔法エア・ウォーク。ワタクシと手を繋いでいる間はタマちゃんさんも湖の上を歩けますよ」

「やっぱ魔法ってすげぇ!?」




 本日何度目になるか分からないカルチャーショックに身を震わせながら、俺達は眠っているリリアナちゃんを置いて湖の真ん中めがけて歩いて行く。




「あれ? 俺、リリアナちゃんと離れることが出来てる? もしかして彼女の使い魔じゃなくなったんですか!?」

「いえ、これは単に周りの魔力濃度が高すぎてリリアナとタマちゃんさんを繋いでいる魔力回路が強化され、離れられる距離が伸びているだけです。まだ【使い魔契約】は続いていますよ」

「あっ、そうなんですね……ハァ」

「そう落ち込まなくても、もうすぐ解除できますから」




 そう微笑みながら湖の上を俺の手を引きながら歩いて行くアリアさん。


 やがて湖の中央で月の光に照らされて淡く輝く場所を見つけた。




「おぉ~…神秘的だぁ。これも魔法?」

「はい。ここはカエル族の聖地と言われる場所です」

「聖地?」




 アリアさんがコクンと頷くのを尻目に、俺は息を呑んだ。


 淡く輝く湖と月の光のコントラストに彼女の銀色の髪が発光しているように見える。


 彼女の透き通るような白い肌と整えられた容姿に相まって、まるで1枚の絵画のように美しい。


 正直、見惚れた。


 改めて見ると、アリアさんって冗談抜きで美人さんなんだよなぁ……。


 育ち良さを感じる気品のある雰囲気、笑ったら絶対に可愛いと思わせるあのオーラ。


 日本でアイドルをやったら絶対に人生一撃、勝ち組確定である。


 そもそも日本で一般ピーポーしていた俺が、異世界とは言えお姫様とお喋りしているだなんて……人生どうなるか分かったもんじゃない。




「――という事です。分かりましたか? ……タマちゃんさん? 聞いてましたか、タマちゃんさん?」

「えっ、何が!?」

「……聞いてなかったようなので、もう1度説明しますね?」




 アリアさんは苦笑を浮かべながら、そのメープルシロップに漬けた果実のように瑞々しい唇を動かした。


 チクショウ、苦笑いまで可愛いのぅ!


 結婚するか? おっ?




「ここはかつてカエル族が神様から魔法を授かったと言われる場所です」

「この湖が?」

「はい。この場所は森に溜まった魔力が集まった際に淡く発光して人知を超えた大魔法を使うことが出来るのです」

「人知を超えた大魔法……あっ!」




 そこで俺はようやく彼女が何を言いたいのか理解できた。


 もしかし、アリアさんは……ッ!?


 彼女は『正解です』と言わんばかりに優しく微笑むと、パチンッ! と指先を鳴らした。


 その瞬間、湖の淡い光が強く発光し始めた。




「この聖地に溜まった魔力を使って、タマちゃんさんの【使い魔契約】を破棄します」

「一応確認なんだけどさ? ……痛くないよね?」

「大丈夫ですよ。契約破棄は一瞬で終わりますから」




 それこそ星々の瞬きより一瞬です、とロマンティックな事を言いだすアリアさん。


 並の男ならここで求婚してフラれている所だ。




「時間も時間ですし、そろそろ始めましょうか」




 そう言ってアリアさんは俺の指先に自分の指先をからめてきて――ほひぃっ!?




「力を抜いて? ワタクシに身を預けてください」

「は、はひぃ」




 ドンドットット♪ と俺の心臓が解放のドラムを奏で始める。


 ち、近い!?


 アリアさん近い!?


 そして良い匂いがする!




「大きく息を吸って……ゆっくり吐いて。……そう、身体の隅々まで魔力がいきわたるように」




 彼女の熱っぽい吐息がむんむんっ! と俺の肌を撫でる。


 関係ないけど、アリアさんまつ毛ながっ!?


 顔ちっちゃ!?


 お人形さんかよ!?


 ちょっと首を伸ばせばキス出来そうな至近距離で見つめ合う俺達。


 やがて準備が整ったのか、アリアさんの身体が青白く発光し始めて、




「ではいきます。目を閉じて……?」




 彼女の鈴の音を転がしたような声音がスルスルと耳に入る。


 俺は何ら躊躇うことなく、素直に瞳を閉じ――




「見つけたぞチ●チン! もう逃がさん!」




 ――ようとして、例のオカッパメガネが森の奥から勢いよく姿を現した。


 オカッパは俺の姿しか見えていないようで、すぐ近くに立っているアリアさんにお構いなく杖を構えた。




「喰らえ! 爆撃魔法ロケット・ランチャー!」




 そう言ってオカッパメガネは俺達に向けて赤黒い炎の玉を捻り出してきた。


 それは人ひとり程度なら余裕で焼き殺せそうなほどの熱量を秘めた球体で――てぇ!?




「アホか、この変態メガネ!?」

「えっ? ――きゃぁぁぁっ!?」




 俺はアリアさんの身体を庇うように湖の中へとダイブした。


 もう泳げないとか言っている場合じゃない!


 アリアさんは『ナニが起きたのか分からない!?』とでも言いたげな瞳で俺を覗き込んでくる。


 が、すぐさま俺が溺れ始めている事に気づくや否や、慌てた様子で俺を抱きかかえて湖面へと浮上しようとして、




「芸術は爆発だぁぁぁぁっ!」

「「ッ!?」」




 丁度俺達の居た位置で変態メガネが放った魔法が爆発した。


 瞬間、湖が激しく揺れ、中に居た俺達の身体を巻き込んで大きくうねる。


 もはや前後左右行方不明の中、俺は必死にアリアさんに抱き着こうと身体に力こめ、




 ――ちゅっ♪




 唇に何か柔らかいモノが触れた。




「~~~~~~~~~ッッ!?!?」

「……???」




 んっ?


 なんだコレ?


 ふにふにしているというか、ぷにぷにしているというか……何とも不思議な感触が俺の唇を現在進行形で覆っている。


 なんぞ、これ?


 俺は確認するように舌でソイツをつついてみると、




「ッ!? ~~~~っ!?」




 何故かアリアさんの身体は激しく振るえた。


 アリアさん?


 どうかしたんですか?


 気になった俺は水の中だが頑張って目を開けた。


 目を開けて……絶句した。


 俺の視線の先、そこには。




 ――アリアさんの唇に吸いついて離れない、俺の唇があった。

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