プチ旅行感覚で異世界にやってきて2日目の早朝。
俺は朝ご飯もそこそこに、部屋の中でリリアナさんと向き合っていた。
これから俺はこのリバース・ロンドン魔法女子学院の最高責任者に会うワケだが、社会人としてやらなければならない事があった。
そう、身だしなみチェックである。
「チェックお願いします!」
「はい、タマオさん。どうぞ!」
入念にヘアスタイルを確認して貰い、爪を短く切りそろえた。
おそらく死角はないだろうが、
「お髭よし!」
「よっしゃ! 今だけ俺は世界一のイケメンだ!」
「笑顔よし!」
「天使の微笑み、見せてやるぜぇぇぇぇっ!」
「鼻毛よし!」
「でも一応念のためにもう1回抜いておこう――ぐぁぁぁぁぁっ!?」
ブチブチブチッ!? と指先で無理やり鼻毛を引っこ抜く。
超痛ぇ、生理2日目ぐらい痛ぇ……いやなった事ないけどさ? 気分的に、ね?
「だ、大丈夫タマオさん!?」
「は、鼻毛カッターを……鼻毛カッターをください」
「カッター? 誰ソレ?」
当然鼻毛カッターは無いらしい。
う~む、魔法で簡単に脱毛出来ればいいんだけどなぁ。
「まぁいい。これで準備は整った」
「ほぇ~……」
「んっ? どったの、リリアナちゃん?」
「いや、教科書には『男の人は身だしなみに気をつかわない』って書いてあったから、ちょっと意外で」
「あぁ、ソレね。確かに大多数の男は気を使わないよ」
意外かもしれないが、俺は身だしなみに関してはキッチリしたい方である。
今時珍しいが、トイレに行く時もポケットにはティッシュとハンカチを必ず常備する。
ズボンで手を拭く非国民どもとは相容れない、古き良き日本男児なのだ!
「よし、準備は整った! 行くぞリリアナちゃん、学園長室へ!」
「了解、案内するね」
出陣じゃぁぁぁぁっ! と気炎をあげながら、リリアナちゃんと共に部屋を飛び出る。
瞬間、部屋の前で聞き耳を立てていた女子生徒たちと遭遇した。
その数、およそ30!
「「「「「ッ!?」」」」」
女子生徒たちは俺の姿を目視するなり、クモの子を散らすように廊下の角へと消えて行った。
「……えっ? もしかして俺、嫌われてる?」
「それは違うよ、タマオさん。みんなタマオさんが珍しいから見にきているんだよ。でも声をかけるのは恥ずかしいから、遠巻きに眺めるだけにしてるんだね、きっと」
「なるほど」
口では強気なことを言うけれども、いざ異性を前にするとダンゴムシの如くモジモジしてしまう童貞現象がこの世界で起きていた。
どうやら男が居ないと、女性はあぁなるらしい。
実に興味深くて、可愛らしい。
俺の理性があと少し弱ければ、俺を主人公とした凌辱ゲームが幕を開けていた事だろう。
「じゃあ行こうか、タマオさん。コッチだよ」
下卑た思考をぶった切るように、リリアナちゃん先導するように歩き出す。
俺は慌てて彼女の形の良いお尻を追いかけるように後ろをついて行く。
その間もあちらこちらから女子生徒たちの視線がレーザービームのように俺の身体に突き刺さる。
ちょっとしたVIPになった気分だ。
俺が今ここで急に「お~けぇ~い!」と言いながら服を脱ぎ、高速で腰を前後させたら彼女たちは一体どういうリアクションを取るのだろうか?
「着いたよ、タマオさん」
気になったら試してガッテン♪ してみたくなる男心にブレーキをかけるように、リリアナちゃんがピタリッ! と足を止める。
どうやら学園長室に着いたらしい。
「ここがリバース・ロンドン魔法女子学園における最高責任者の部屋か……」
「うん。もう中で学園長先生が待ってるハズだよ」
さぁ、どうぞ! と俺に扉を開けるように道を譲るリリアナちゃん。
俺は彼女の前を1歩踏み出すと、初めて風俗に訪れる男子大学生のような心持ちで扉を開けた。
瞬間、ぶわっ! と神風が吹き抜けた……ような気がした。
「お待ちしておりました、キンジョー・タマオさん」
「……えっ?」
そう言って妙に耳に残る女性の声音に誘われるように、学園長と思しき立派な机に座る女性に視線を向け……俺は息を呑んだ。
そこには、俺がこの異世界に飛ばされる前に出会った銀髪の美少女が居た。
「あっ、ゴミ捨て場のコスプレイヤーッ!?」
「その節はお世話になりました」
高級そうなドレスを身に纏った、例のコスプレイヤーさんがニッコリ♪ と微笑む。
その途端、俺の背後に居たリリアナちゃんが不思議そうに小首を傾げた。
「タマオさん、お姉ちゃんと知り合いなの?」
「いや、知り合いっていうか――お姉ちゃん!? 今、お姉ちゃんって言った!?」
驚く俺を他所に、例の銀髪コスプレイヤーがその桜色の唇を動かした。
「昨日は自己紹介が出来ず申し訳ありませんでした。ワタクシ、リバース・ロンドン王国第一王女にして魔法女子学園の学園長をやらせて貰っている、アリア・ウエストウッドです」
「ちょっ、リリアナちゃん!? お姉ちゃん生きてたの!?」
「??? 生きてるよ? あれ? ボク、お姉ちゃんが居ることタマオさんに言ったっけ?」
はて? と小首を傾げるリリアナちゃん。
じゃあ昨日の夜に流した涙はなんだったんだよ!?
チクショウ!? こんな事ならやっぱり乳の1つでも揉んでおくべきだった!
「いや待て? その前に第一王女? 今、第一王女って言った?」
「はい、言いましたよ?」
「という事は……リリアナちゃんも王族なの!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
リリアナちゃん改めて俺に向き直ると、その柔らかそうなプルプルの唇を動かして、
「ボクはリバース・ロンドン王国の第二王女なんだよ」
と言った。
……
「えっ!? リリアナちゃん、お姫様なの!?」
「うん。……もしかして気づいてなかった? 結構みんな『姫様』『姫様!』って呼んでたんだけどな」
「いや『姫様』っていう
マジかよ……。
じゃあ俺、お姫様と一晩ベッドを共にしたのかよ。
クソったれめ!
マジで乳の1つでも揉んでおくべきだった、ファ●ク!
俺が昨夜の自分の判断に後悔していると、学園長席に座っていたアリアさんが申し訳なさそうに口を開いた。
「まずはお礼を。あの時ワタクシを助けようとしてくださり、誠にありがとうございました」
「あっ、いえいえ。紳士として当然のことをしたまでですよ」
「そして、ごめんなさい。……アナタがこの世界に飛ばされたのは、ワタクシが原因です」
そう言ってアリアさんは、何故俺がこの女だらけのリバース・ロンドン王国という異世界に飛ばされたのか説明し始めた。
「実は新作魔法の試作実験の際、魔力が暴走してしまいワタクシはキンジョーさんの居た世界……チキューに飛ばされたんです」
そこでキンジョーさんと出会い、立ち上がろうと手を握ったところで、再び魔力が暴走。
結果、キンジョーさんはこのリバース・ロンドン王国に飛ばされました。
とアリアさんは続けた。
「なるほど。つまり俺は事故でこの国にやって来たと」
「はい。妹の使い魔として召喚されたのは、コッチの世界の入口としてちょうど良かったからでしょう」
「あの……お姉ちゃん? タマオさんは『神の国』から来たんじゃないの?」
「違うのよ、リリアナ。タマオさんは『この世界』とは違う、別の平行世界からやってきた人なの」
「つまり異世界人ってこと? うわぁ……ボク異世界の人間って初めて見たよぉ」
おぉ~っ! と感嘆の吐息を溢しながら俺をキラキラした瞳で見てくるリリアナちゃん。
惚れられたかもしれない。
「あれ? じゃあタマオさんが異世界人なら、タマオさんは元の世界にちゃんと戻れるの?」
「あっ! ソレは自分も気になります!」
ねぇ、どうなの!? という気持ちをこめてリリアナちゃんと一緒にアリアさんに視線を向ける。
彼女は困ったような笑みを浮かべて、
「キンジョーさんを元の世界に戻すことは出来ます」
「ほんと!?」
「よかったね、タマオさん!」
「ただ、その……誠に言いづらいのですが、今は戻られない方がよろしいかと……」
「えっ、なんで!?」
驚く俺を前に、アリアさんは至極申し訳なさそうな表情を浮かべると、学園長席から立ち上がった。
えっ、なになに?
何が始まるの?
「口で説明するより見て貰ったほうが早いですよね……では、いきますっ!」
どこに? と俺が口にするよりも早く、アリアさんは優雅にドレスのスカートを
――ガバッ!
勢いよく己のスカートを捲し上げた。
「ピンクッ!?」
「??? 何してるの、お姉ちゃん?」
姉の突然の奇行に小首を傾げるリリアナちゃん。
俺はそんなリリアナちゃんを横目に、アリアさんのロイヤルおパンティーに全神経を集中させていた。
目を凝らさなくてもハッキリと分かるレースの刺繍が目に眩しいピンクのおパンティーが、視界に収まる。
瞬間、間髪入れずにストレッチパワーが股間に集まりだして――
「あ、あれ? ちょっと待って? 何かがおかしいんですけど?」
股間に溜まったストレッチパワーが行き場を失くしたように腹の下でグルグルし始める。
こんなの初めて……いや、昨日の晩にも似たような事があったな。
俺は股下に感じる違和感に導かれるように「左手は添えるだけ」とシュートのコツを口ずさみながら、我が息子を優しく掴んで――血の気が引いた。
「え、えっ!?」
「どうしたんですか、タマオさん?」
あるハズの感触が指先に返って来ず、俺はリリアナちゃんに返事をかえすことなくズボンの中に視線を落とした。
そこには生まれてからずっと隣に居てくれた大事な相棒がなかった。
「な、ない!? 俺の元気玉がない!? Why!? なぜ!?」
「どうやら気がついたようですね」
アリアさんは捲し上げたスカートから手を離すと、困惑する俺に向かってゆっくりと唇を動かした。
「実はコチラの世界に転移した影響で、キンジョーさんの金の玉はこの世界のどこかに消えてしまったようなんです」
「えっ、なにそれ? 汚いド●ゴンボールですか?」
「金の玉ってなぁ~に?」
いまだ状況の深刻さが分かっていないらしいリリアナちゃんが、無邪気にそう問うてくる。
が返事をしている余裕はない。
「お、俺のムスコは!? 俺のムスコはどこへ消えたんですか!?」
「落ち着てください。キンジョーさんの金の玉はこの世界のどこかに必ずあります。ただ玉ナシでも
「タマナシ? じゃあタマオさんは今日からタマナシのタマちゃんだね!」
「ごめんリリアナちゃん。いま真面目な話をしているから、ちょっと黙っていてくれないかな?」
はぁ~い……と分かりやすく肩を『しゅんっ』とさせたリリアナちゃんを無視して、俺はアリアさんに詰め寄った。
「タマを取り戻すまで帰らないに決まってるじゃないですか! というか取り戻せるんですよね、俺のタマ!? 元の玉座に戻せるんですよね、俺のタマ!?」
「あ、安心してください。この世界のどこかにあるキンジョーさんの金の玉を見つけることが出来れば、ワタクシの魔法で元の玉座にタマを戻すことは可能です」
「よっしゃぁ!」
今日一番といってもいい気合いの入った声が、ジェットエンジンの如き勢いで唇から飛び出て行った。
「じゃあ探します! 必ずこの世界のどこかに散らばった俺のゴールデンボールを見つけ出して
「あっ、待ってくださいタマオさん! 実は――」
俺はアリアさんの制止を振り切るように学園長室を後にしようとして、
――ビーンッ!
「ぐぇっ!?」
「タマオさんはリリアナと主従契約を結んでいるため、リリアナから半径1メートル以上離れることが出来ない身体になっています」
「な、なんじゃそりゃぁぁぁっ!?」
思わず太陽に吠えてしまった。
「そんなバカなことふぎぎぎぃっ!?」
「無理やり歩こうとしても無駄です。その首に刻まれた使い魔の
「コイツか!? コイツのせいか!?」
まるで首輪のように首に
もちろん揉んだり、擦ったりしても消える事はなかった。
「チクショウッ!? どうすればこの首輪みたいなモノは消えるんだ!?」
「リリアナとの【使い魔契約】が解消されれば自然と消えます」
「リリアナちゃん! 契約を解消してくれ、お願い! 300円あげるからぁ!?」
「え~と、その……ごめん。無理」
「なん……だと?」
リリアナちゃんは困った顔を浮かべながら「無理というか、出来ない」とその愛らしい唇を震わせた。
「【使い魔契約】は一生のモノだから、1度契約してしまうと余程のことが無い限り解消できないの」
「マジかよ……」
タマキンを失くした時以上の絶望が俺を襲う。
そ、それじゃ俺は自分のタマキンを見つけ出すどころか、一生リリアナちゃんの傍を離れることが出来ないというのか?
それはつまり『おはよう♪』から『おやすみ♪』まで常に一緒という事か?
一緒に食事を取り、一緒にお風呂に入り、一緒にお着換えして、一緒の布団で寝る。
そんな生活がこの先ずっと続くというのか?
ナニそれ、最高かよ!?
ありがとうございま――否ッ!?
今の俺は文字通りタマナシ……そんな状態で無邪気エロスの塊であるリリアナちゃんの傍に居るなんて、生殺しもいいところだ!
おいおい、なんだココは?
これが地獄の一丁目か?
「そう気を落とさないでください、キンジョーさん。リリアナも言っていた通り『余程のことが無い限り』使い魔の契約を解消することは出来ません。が、ワタクシならば契約を破棄することが出来ます」
「マジですか!? ぜひお願いします!」
「ただ契約を破棄するには、その……準備に一週間ほど時間が掛かりまして……」
「なんじゃあそりゃぁぁぁっ!?」
結局振り出しに戻るんかい!
「どこっ!? 俺のゴールデンボールどこ!? カムバック・タマタマぁぁぁぁっ!?」
あああぁぁぁっ!? と錯乱状態に突入した俺を他所に、アリアさんはリリアナちゃんの方へと視線を向けた。
玉ナシは視界に収めたくないのだろうか?
そんな鬱々とした感情を振り払うように、アリアさんはリリアナちゃんにハッキリとこう言った。
「リリアナ。これは魔法女子学院の理事長……いえリバース・ロンドン王国第一王女であるアリア・ウエストウッドからの
「お姉ちゃん?」
「第二王女リリアナ・ウエストウッドよ。第一王女アリア・ウエストウッドが【使い魔契約】の破棄を準備している間、キンジョー・タマオと共に彼の失われた2つの金の玉の情報を探し出すのです!」
「なにそれ? 面白そう! 了解だよ!」
満面の笑みを浮かべたリリアナちゃんが泣き崩れていた俺の手を優しく手に取った。
「そんなワケで、当分の間は一緒に金の玉を探そうねタマちゃん!」
「リリアナちゃん……」
いつの間にか敬称が『タマオさん』から『タマちゃん』に変わっていたのだが……これはアレですか?
玉ナシには『ちゃん』付けが相応しいと、そういう意味ですか?
「大丈夫、安心して! 2人で探せばきっと簡単に見つかるよ!」
「リリアナちゃん……っ!」
「えへへっ! タマちゃんは泥船に乗ったつもりドーンと構えてればいいよ!」
「……誰か沈む以外の選択肢を俺にください」
「話は纏まったようですね」
アリアさんは再び学園長席に腰を下ろすと、気分を落ち着かせるようにゆっくり息を吐き捨てながら、
「では、タマちゃんさんの金の玉の
「あっ、アリアさんも『タマちゃん』呼びに変えるんですね? まぁ別にいいですけど……って、えっ!?」
俺は慌ててアリアさんに詰め寄った。
「タマちゃんのタマタマの場所、分かるんですか!?」
「正確には分かるかもしれない、ですね」
そう言ってアリアさんは学園長室の窓の外を指さした。
「向こうの山のテッペンに大きな祠があるのが見えるでしょうか?」
「んん~? あぁ~……確かに薄っすら見えますね。あの祠は一体?」
「あの祠には全てを見通す水晶があると言われています」
「全てを見通す水晶……ですか?」
「はい」とアリアさんは小さく頷きながら、再び視線を俺に戻した。
「そこへ行けば、タマちゃんさんの失われた金の玉の居場所を教えて貰えるかもしれません」
「なるほど! あいわかりました! 行こう、リリアナちゃん! ハリーアップ! 今なら間に合う! そっと近づいて抱きしめてやるタマ!」
「わわわっ!? せ、背中を押さないでよタマちゃん!?」
「ありがとうございました、アリアさん! それじゃちょっくら行ってくるので、妹さん借りますね?」
「はい、行ってらっしゃい」
優雅に片手をフリフリ♪ するアリアさんをその場に残し、俺はリリアナちゃんと共に廊下を駆け出した。