わたくし金城玉緒、24歳。
恥は多くも、平々凡々な人生を送ってきました。
物心つく前に母親は外で男を作り蒸発、父親は借金を残して夜逃げ。
小学校の頃のあだ名は『歩くゴールデンボール』、中学の頃のあだ名は『走る猥褻物』と由緒正しき
座右の銘は『マッチングアプリは信じるな!』
最近よくかかる病気は右乳首のみコリコリ病。
毎朝ホルモンバランスとの格闘に事欠かない、普通の私立探偵です。
そんな俺がどうしてリバース・ロンドンとかいう言う異世界に居るのかと言うと、ことは3時間ほど前に遡る。
◇◇
「――それではっ! 我らが盟友、金城玉緒の『合コン』失敗を祝してぇぇぇぇっ!」
「「ルネッサァァァァァァ~~~スッ!」」
時刻は午後10時少し過ぎの金曜日。
仕事を早めに切り上げ、駅前の居酒屋で同僚の私立探偵である
もちろん本日の主役は俺だ。
この風間次郎という男から無理やりセッティングされたやりたくもない『合コン』に失敗した金城玉緒(独身24歳)だ。
おそらくこれから、このバカから嫌という程イジられるであろう俺は、
「お姉さぁぁぁぁぁ~~~んっ! カルピス、メガジョッキでもう1杯お願いしまぁぁぁすっ!」
酒なんて1ミリも飲めないクセに『本日の主役』として持ち上げられ、しょうがなくこの3時間をカルピスで死ぬ気で
「おい、タマ? ノリが悪ぃぞ? なんで
「あぁ~、出た出た!『社会人なんだからビール飲まなきゃダメだろ?』アピール。くそウゼェぜ!」
誰だよ?『社会人=ビール飲まない奴はツマラナイ』的な悪習を始めたバカ野郎は?
俺みたいな若いヤツらはな、ビールなんてどうでもいいんだよ!
さっさ家に帰ってエロサイトの巡回、もしくはゲーム実況を見ながらゲラゲラ笑いたいんだよ!
「超お家に帰りたい♪」
「バッカ、おまえ!? いま来たばかりだろうが!」
「あっ、お姉さん! たこわさ1つ、お願いね!」
ジローが俺の肩をバシバシと叩く中、ウェイトレスのお姉さんに『たこわさ』を注文したところで、
ブブブブブッ! ブブブブブッ!
と、俺のポケットが激しく振動し始めた。
別にお股にローターを仕込んでいるワケじゃない。
これは俺が今1番推している配信者『パイパイでか
「あぁ~、お家帰りてぇ~♪」
「ダメダメ! 今夜はお前が主役なんだから、簡単には帰さんぞ?」
「この鬼っ! 悪魔!」
「あっはっはっはっ! なんとでも好きに言え。今日のオレ様は機嫌がいいからな。どんな暴言も特別に許してやるぞ!」
「ィヨ!『あんよ』よりも先にアソコが
「おまえ『表』出ろ。殺すぞ?」
「いやぁぁぁぁッ!? パワハラぁぁぁぁぁっ!?」
「お待たせしました『たこわさ』で~す♪」
タイミング良くお姉さんが『たこわさ』を持って来てくれたので、2人で仲良くつつき合う。
たこわさ、超うめぇ!
「まぁ今回の合コンは失敗したけどさ? 再来週の合コンは絶対に上手くいくハズだから、その時また頑張ろうぜ!」
「頑張らない。ジロー、俺、前から言ってたよな? 合コンに来るような女はNGだって! 今回はお前の顔を立てる
「そんなコト言うなって! 次の子たちはかなりレベルが高いから! 理想が高くて、口だけで、毎日『カノジョ欲しい』とか言ってエロサイト巡回しているお前に、超ピッタリの優良物件がいるからさ!」
「嫌だ! 合コンに来る女は全員、下半身が自動ドアの腐れビッチばかりだから行きたくない!」
そんな事をしている暇があるなら、家に帰って
なんて事を考えていると、ジローは「よし、分かった!」と小さく頷いた。
「タマ、お前は世の女性に偏見を持っている。だから今日は、その偏見を打ち砕く意味も込めて風俗いくぞ! 風俗!」
フーゾクぅ~?
「ふざけんな!『キャバ』も『デリヘル』も『おッパブ』も全部お断りだ! 何で仕事で疲れているのに、わざわざ好きでもねぇ女の機嫌を取りに行かにゃならんのだ。罰ゲームか?」
「いや、どちらかと言えば向こうが男の機嫌を取ってくれる店だぞ?」
俺が断固拒否! の姿勢を見せると、ジローは「はっは~ん? さてはお前……」と、いやらしい笑みを浮かべて見せた。
な、なんだよ?
「タマ、お前……まだ童貞なのかよ? さっさと捨てろよな。童貞の男は仕事が出来ないって相場が決まってるぞ?」
「ハァ~ッ!? でたでた! ヤリチン共の『脱・童貞』論!」
社会に出ると必ずと言っていいほど話題に上がる、この『童貞・非童貞』論。
科学的根拠なんて何もないクセに非童貞の方が仕事が出来て、童貞は視野が狭く現場では扱いづらいとか言う狂った風潮。
この童貞は無能というレッテル張り、本気で嫌い。
「童貞=負け犬みたいな考え方、マジで嫌いなんだよなぁ俺」
「いやでも実際問題、童貞よりも非童貞の方が仕事が出来るぞ?」
「はぁ~? どこ情報よ、ソレ? ソースはどこですか? とんかつ? オイスター?」
「まぁまぁ、そう不貞腐れず聞けって。何て言うか、童貞は男にとっての
歩く性病が何かを言っていた、俺は無視してカルピスを
カルピス、超うめぇ!
「――おいっ! 聞いてんのか、タマ!?」
「うるせぇ、うるせぇ。俺はジローと違って本気の恋しかしねぇんだよ」
「テメェ、この野郎!? オレが
結局、方向性の違いによりジローとは居酒屋で別れて、30分。
俺は間借りしている自宅のマンションに向けて、とろとろと夜の帰り道を歩いていた。
時刻は午前1時ちょうど。
明日はお休みとは言え、ちょっとハメを外しすぎたなぁ。
「本気の恋、ねぇ……」
ジローに向けて放った言葉が、何故か脳内で何度も再生される。
別に俺だって『童貞』を捨てたくないワケじゃない。
ただ純粋に、己の純潔を捧げる相手は『好きな相手』と心に決めているだけ。
そう俺はまだ『運命の相手』と恋に落ちていない!
「自分でもバカらしいとは思うけど、こればっかりは譲れないんだよなぁ……」
人間、仕事にしろ、趣味にしろ、誰しも譲れない『こだわり』というモノがある。
俺はたまたま、それが『恋愛』だっただけの事。
そう、俺はこと自分の恋愛に関しては、とにかく結婚までの
運命的な出会いから始まり、ゆっくりと仲を深め、全員に祝福されゴールインする。
それこそ真の恋愛だと信じて、今まで24年間生きてきた。
出来ちゃった婚なんて、もっての
風俗で童貞卒業なんぞ論外!
俺は『運命の出会い』から始まるピュアな恋愛しか認めない、古き良き日本男児だ!
何度か女の子とそういうエロい雰囲気になっても、俺は過程やロマンスをすっ飛ばした恋愛は断固お断りだったので、持てる全ての能力をフルに使い、ビッチ共の魔の手から純潔を守り続けてきた。
そして恐らく、これからもソレは変わらない!
「例えばそうっ! 空から女の子が降ってきたり、お隣に美女が引っ越してきたり、あとはこんな感じのゴミ捨て場に、とんでもねぇ美少女が捨てられてたりとか!」
自分でも『深夜のテンションでおかしくなってんなぁ』と思いながら、我がマンションの入り口近くにある住民用のゴミ捨て場に視線を向け……俺は息を呑んだ。
――とんでもねぇ美少女が捨てられていた。
「……はっ?」
意味が分からず、思わず足を止める。
年のころは18歳かそこらだろうか?
まるでソレ自体が発光しているかのように、
西洋人形のような
どうやらかなり気合の入ったコスプレイヤ―らしく、ファンタジー小説に出てくるような、お姫様のような高級そうなドレスまで身に着けていた。
「キレイだ……」
場違いにも、そんな感想が口から
いやいや!?
『キレイだ……』じゃないだろ、俺!?
とりあえず何かの事件かもしれないから、警察に電話!
「……Enb?」
「おっ?」
俺が1人、ポケットからスマホを取り出そうとすると、ゴミ捨て場の美少女が目を覚ました。
瞬間、バッチリと目が合う俺達。
途端に彼女はナニを警戒するように俺から距離を取ろうとして、
「~~~~ッ!?」
苦しそうに顔を歪めた。
「ちょ、大丈夫ですか!?」
「Wrlsf bczq Ereck? rql bczp hapbgt?」
外国語だろうか?
聞いたことが無い言語で、ブツブツと呟くコスプレイヤー。
何か関わったらヤバそうな人の気配がプンプンする。
「あぁ~……大丈夫そうだね? うん! じゃあ俺はコレで」
理解出来ているかは分からないが、俺は愛想笑いを浮かべて、その場を離脱しようとして……彼女の悲しそうな瞳が目に入った。
まるで捨てられた子犬のように身体を震わせる彼女。
その瞳は、どこまでも悲しみで
もう立ち去る事なんか出来なかった。
「あぁ、もう! 大人が子どもを見捨てる事なんか出来るか!?」
とりあえず警察に電話だな。
俺はなるべく敵意が無いことを証明するように、両手を上げながらコスプレイヤーに近づいた。
「大丈夫? 意識はちゃんとハッキリしてる?」
「……Lrk」
俺が声をかけると、彼女の澄んだ瞳が驚いたように揺れた。
「Gvcxz tkld ……pjk nyqfs?」
「ゴメン。なんて言ってるのか分かんねぇや。アイ キャン スピーク イングリッシュ」
いや、彼女が喋っているのが英語なのかすら分からないが、とりあえずノリと勢いで下手くそな英語を喋ってみる。が、
「??? qrwt pchs rtnm?」
どうやら彼女には伝わらなかったらしい。
彼女はキョロキョロと辺りを見渡して『もしや!?』みたいな表情を浮かべた。
「dfgn wdf klktr……。cvb fhjkz pjk mqmyshg ytyw……?」
「う~ん? マジでナニを言っているのか分からん」
とりあえず英語では無さそうだ。
なんというか、不思議な響きの単語である。
そんな事を考えていると、今度は俺の方をジロジロと観察し始める彼女。
「おっ、どうした? 俺の顔がイケメン過ぎて見惚れているのかい? ごめんね、イケメンで?」
「bgyz Gvcxz pjk rzzmb pkptyrw」
どうやら少し落ち着いたのか、俺への警戒心が薄れたのが、肌で何となく分かった。
う~ん?
この様子からして、このマンションの子ってワケでも無さそうだし……やっぱり警察に身柄を渡した方がいいよな。
改めてそう考え直した俺は、ポケットからスマホを取り出した。
瞬間、またコスプレイヤーの瞳に剣呑な色が宿った。
「……qytr hhfs jftrx? hgzxc?」
「大丈夫、大丈夫。警察を呼ぶだけだから」
笑顔で「心配ないよぉ~♪」とジェスチャーを送るのだが、彼女の警戒心が跳ね上がっていくのが目に見えて分かった。
「お、落ち着いて!? 別に取って食おうだなんて思ってないから!」
「pkbvg qcmljlt? ……wwgf lbzxflyc rygldq? gdqrt ppzpx! ffg bdvcw zcxcvyrz lmlrwq」
コスプレイヤーの彼女は、切羽詰まった様子で首を横に振った。
その仕草の意図が分からず、困惑してしまう。
こういう時、言葉が通じないのは不便だよなぁ。
そんな事を考えていると、コスプレイヤーの少女は申し訳なさそうな顔を浮かべた。
「ど、どうしたの? そんな彼女との初体験に失敗した男子高校生みたいな顔をして?」
「……kkmkm。xrtrwz bbcbvjhs rwq dgvcvgz vxtp……」
コスプレイヤー女の子は、ゆっくりと俺の方へ手を伸ばした。
「立ち上がりたいの? 了解!」
俺は彼女の白魚のような指先を握りしめ、
――瞬間、ぶっつりと意識が途切れた。
そして目が覚めると、異世界に居た。