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4 破壊者

 サリアが姿を消した。


 ホープ王子との謁見が終わった後、レイたちは護衛にあたるためそれぞれ場所や時間の担当を、騎士を交えて話し合っていた。その間にいなくなったのだ。


 彼の姿が見えないことに気づいたメロウは、王子や騎士に聞こえないようにそっとレイに耳打ちした。


「僕がサリアを探しに行くよ。護衛を引き受けた以上、レイは王子の傍にいなきゃいけない」

「……いや、しばらく様子を見よう。すぐに戻ってくるかもしれない」


 乗り気ではないレイに、メロウは少し言いにくそうに言葉を返した。


「……なんかさぁ、戻って来るつもりがないような気がするんだよねぇ。ただのさぼりで突然仕事を放り出すような無責任な奴とも思えないしさ」

「サリア、昨日からへんだったよ。ずっといらいらしてた」


 心配そうな顔をして、ペルがレイのマントの裾を引っ張る。


「だったら、尚更しばらく待つべきだ。待てば、あいつがどうしたいのかわかるだろう」


 頑ななレイに対してメロウはそれ以上反論せず、肩をすくめた。



 ***



 貧民街スラムには、入るも自由、出るも自由。雑然としていて、いったいどんな人間が暮らしているのか、把握している者などこの世にいない。

 大部分が孤児や捨て子、働けなくなった老人などの『見捨てられた者たち』だが、中には特別な事情を抱え、自らここに飛び込んで来た者もいる。


 その代表格が、国に追われる犯罪者や指名手配犯だ。果てしない数の世捨て人が住み、国の法すら蚊帳の外の貧民街には、国王軍すら安易に足を踏み込むことができない。身を隠すには理想的な環境だった。


 貧民街第二十八区は、ジュビリーで最も広く、最も悲惨と言われる区画だ。

 この一角に特S級指名手配犯と認定されたテロリスト、ダリスは居を構え、潜んでいた。


 彼は暗い部屋の中で机に向かい、扉からわずかに漏れる光を頼りに古びた本を読んでいる。その文字は古代語で、挿絵には錬金術で金を作り出す魔女の絵が滲んだインクで描かれていた。


 扉には階段がついている。ここは地面より二メートルほど地下になった、彼だけの秘密の部屋だ。

 誰も入れたことのない部屋の入り口は特殊な鍵がかかっていて、彼にしか開けることはできないはずだった。


 カシャリと木と金属の擦り合う小さな音がして、扉が開く。

 部屋の中にいるときに鍵を開けられるのは初めての経験だったが、ダリスは顔色を変えなかった。

 ただ光を背に入り口に立つ人物の方を、冷たい瞳で見やっただけだ。


「まだこの細工使ってんだな。こんなもん、ちょっと贋作をかじった奴なら二秒で開けられるぜ」


「……あん? 誰だ、おまえ」

「十八年振りだ。わかんねえのも無理ねえな、っと!!」


 サリアは両手でショートソードを逆さに持つと、階段上の扉から飛び降り、思い切り力を込めて部屋の中にいるダリスに向けて振り下ろした。


 刃の削れる鈍い音が響き、押し返されたサリアが一歩下がって受け身を取る。床に散乱していた書類が舞い上がった。

 袖の長い白衣で隠れていたが、左手が手甲で覆われているのが見えた。波状の溝が刻まれた鉄製のものだ。ダリスはそれを使ってサリアの剣を受け止め、押し戻したのだ。


「チッ。無駄に筋肉馬鹿だな」


 舌打ちをするサリアに、高く笑いながら返すダリス。


「誰だか知らんが、おまえはヒョロヒョロだな、盗賊シーフ

「ここじゃなんだ、外出よーぜ」


 サリアが立てた親指で促すと、意外なほど素直にダリスは頷いた。


「そうしてもらえると助かるね。この部屋は貴重な資料の宝庫なんだよ。まあ盗賊風情にはわからんだろうが」


 貧民街の路上で、サリアは剣を構えてダリスに切っ先を向けた。ダリスは白衣のポケットに両手を入れたまま、笑って立っていた。

 住民たちが二人の周囲に集まって、野次を入れる。喧嘩も殺しも日常的な光景だが、彼らにとってはいい暇潰しだ。


 ダリスは薄ら笑いを浮かべてサリアを眺める。武器はどこにも持っていないように見えた。


「で、何なんだ、てめぇは? 俺の論文でも盗みに来たのか?」

「んなもんいらねーよ。あんたに聞きたいことがある」

「いきなり斬りかかってくるとは、ものを尋ねる態度じゃねえよなぁ。まあいいや、一応聞いてやるよ」

「……何故、王女を殺したんだ? そこにあんたの正義があるのか?」


 サリアの言葉を聞いて、ダリスは抑えきれないというように高い笑い声を漏らした。


「ははっ、ははは」


 顔を上げて、ひとしきり笑い終えると、人差し指を立てて天を指さした。


「姫様は、自らの意志で『空』に行ったんだよ」

「……なんだと?」

「姫様は俺に聞いた。空に行く方法を教えてくれ、と。俺はそれを手伝っただけだ」

「寝言いってんじゃねえぞ!」


 再び、サリアがダリスに斬りかかる。

 短剣を真横に持ち、素早くダリスの懐に飛び込んだサリアは、その右腕を狙って左から右へと刃を滑らせた。


「急所を狙ってこないとは、優しいねぇ。いや、甘ぇのか」


 耳元で、ダリスの低い声が囁くのが聴こえた。その後、ダリスの手甲で刃が受け止められる感触がしたかと思うと、鋭い衝撃がサリアの手に伝わってきた。

 サリアが持っていた剣とダリスの手甲が触れ合った瞬間、刃の先で爆発が起きたのだ。


「……なんだ、こりゃ。火魔法か?」


 吹き飛ばされたサリアは地面に手をついて体勢を持ち直し、自分の短剣の切っ先が焦げ付いているのを見つけた。


「どうしても魔法を使ってみたくて、ガキの頃は魔導士ウィザードに憧れてたよ。だが生憎、俺には才能がなかったみたいでねぇ。別の道を志すことにした」


 ダリスは両指の間に、濁った薬品の入った試験管を八本挟み、顔の前で両手を交差させた。


「勉強は好きだったんだ。だから学者になった。パーティにおける学者スカラーというのは本来地質や天候、科学の知識を生かして魔力と融合させ、味方の回復や補助をする役割だが……他人のサポートもあまり向いてないようでね」


 そう言ってダリスが両手を放り、周囲に試験管をばらまくと、八つの爆発音が響いた。地面に敷かれていた石畳や、建物の破片がくだけて飛び散っていった。

 見物していた貧民街の住民たちが、叫び声を上げて逃げまどう。


「だから、超攻撃的な学者スカラーを目指すことにしたよ」

「ダリス! てめえ!」


 サリアは腰元からもう一本短剣を出し、両手に構えて握ると、ダリスのほうへと走った。

 ダリスは白衣の中に多数の薬品や爆発物を隠し持っている。それらを取り出す隙を与えないよう、二本の短剣を使って攻撃を浴びせた。


 手甲が刃を弾く音が連続で響く。サリアの剣を繰り出す速さに、ダリスは防御するのが手一杯のようだったが、薄ら笑いはやめなかった。


「あんたは王族と貴族に恨みがあるんじゃねえのか!? なぜ、貧民街ここまで破壊する!?」

「ああん? 汚ねーもんは浄化だよ。だいたい恨みなんてちっぽけな感傷で、この俺が動いているとでも思ってるのか?」


 ダリスは徐々にサリアのスピードに慣れてきたらしく、手甲を使って刃を滑らせ、攻撃を受け流すと一瞬できた隙を狙ってサリアを蹴り飛ばした。


「ぐっ」


 サリアは地面に放り出され、顔の側面から落ちた。起き上がったとき、口の端からは血が滴っていた。サリアは顔を上げ、ダリスを睨みつけた。


「はは、なんだ。その顔で思い出した。昔はいつも貧民街の大人に喧嘩売ってやり返されて、そういうツラしてたよなぁ。誰かと思ったら、クソ愚弟じゃねえか」

「よう、クソ兄貴。あんたは昔からおかしな実験ばかりしてる変人だったが、テロリストとは堕ちたもんだな」

「俺はテロリストじゃねえ。そんなのは王家側が勝手に決めた、王家側の見方だ」


 ダリスが笑う。

 怪人のように高く、地に響く笑い声で。

 白衣から怪人の仮面を取り出すと、その顔を隠した。


「俺は革命家。この国を根っこから浄化する……破壊者なんだよ」

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