帆をはためかせ、定期船が港に到着する。
勇者一行は砂漠を超えて、南から西へと移動した。
「うう、ちょっと寒い」
露出した腕をさすっているのが亜人の吟遊詩人、メロウ。
「そんなヒラヒラした服着てっから。装備いろいろ買ったからどれか着ろよ。これから北上するんだから、どんどん寒くなるぞ」
元盗賊団の団長だったサリアが、船に乗る前に揃えた装備を差し出す。
「歌うとすぐ翼が生えちゃってさ……服を破っちゃうんだよね……マントなら大丈夫かな」
「人の多いところで羽、生やすなよ。亜人はそこらにいるような存在じゃないんだからな」
メロウは魔物セイレーンと人間の間に生まれた亜人だ。普段の姿は人間と変わらないが、感情が昂ると白い翼が背中に現れる。
弟を探して旅をしているらしく、定期船が嵐にあったことがきっかけで勇者のパーティに参加した。
「ねえねえ、これからどこに向かうの?」
魔物に育てられた人間の子ども、ペルが瞳を輝かせて尋ねる。
「ここから少し東に行くと、ホープ第一王子が治める第二首都ジュビリーがある。王子には一度お目通りしておかねばなるまい」
貴族の生まれで『暁の勇者』の血を継ぐレイが、ペルの質問に答えた。
それぞれ旅に出なければならない事情を抱えた、四人のパーティだ。
「王子様がいるの!? どんな街!?」
「砂漠と火山の奥に立て籠もった国王様のたった一人の跡継ぎ息子、ホープ王子との謁見とは光栄だねえ」
饒舌なサリアが、仲間に向かっていつもの皮肉を飛ばす。
「二十二年前、王子は生まれてすぐ都市を与えられた。第二首都となったジュビリーは大部分が貧民街で荒れに荒れ、我らのカトラリア王国で最悪の治安を誇る。貴族だらけの伝統ある第一首都カリナンとは対照的な、冒険者と異国人と貧民のための素敵な街だぜ」
「そう
レイが、毒づくサリアをたしなめた。
「言ってなかったか? 俺はジュビリーの
第二首都ジュビリー。元々は普通の地方都市だった。
カトラリア王国の中心近くにあり、船が到着する港や隣国との国境も近いので異国人の行き来が多く、古くから貿易が盛んだった。
国王には十五人の姫がいるが、息子はたった一人しか生まれなかった。そのため、王子は生まれたその日にジュビリーを与えられた。その都市が第二首都として定められたのはサリアの説明どおりだ。
「わぁ、すごいたくさんの人! お店もたくさんある!」
初めて見る都会に、ペルははしゃいでいた。レイも故郷であるカリナンの付近から離れるのは初めてのことだった。
古風な造りの建物が多く、趣のあるカリナンとは違い、ジュビリーは近代的ともいえる街並みだ。
石灰石で簡素に造られた一つ一つの家は狭く、ひしめき合っている。装飾がほとんどない代わりに、絵師が描いた数多の看板や張り紙が並んでいる。無駄がなく、実用性を重視した都市である。
「本当に、冒険者が多いねぇ……」
メロウが周囲を見渡して言った。
「市場を抜けると、王子の住む城があるはずだ。謁見を申し込みに行く」
レイの後について、勇者一行は王子の名前を冠したホープ城へと向かった。
***
「城も石だけでできた、簡素なデザインだねぇ。王子様はこういうのがお好みなのか?」
「お城の床といえば赤い絨毯と相場が決まってるけど、ここは全部石畳だね……。冬は寒そうだ……」
城の内装について話していたサリアとメロウは、受付をしていたはずのレイの声を聞いて振り返った。
「謁見ができないとは、どういうことだ…!?」
「おいおい、でかい声を出してどうしたんだよ、レイ」
顔を銀色の兜で隠した受付担当の騎士が、集まってきたサリアたちに向かって先ほどレイに言ったばかりの台詞をもう一度繰り返した。
「申し訳ありませんが、現在ホープ第一王子様への謁見申し込みはすべて禁止させていただいております。受付の再開は未定です」
抑揚のない声でそう言い放った騎士に対して、サリアが突っかかっていく。
「あのなぁ、この御方はあの『暁の勇者』であらせられるレイ様だぜ。勇者でもダメなのかよ?」
「勇者様でも、です」
「理由は何なんだよ、理由は」
「……テロリスト厳重警戒中のためです」
「テロリスト、だと?」
「てろりすとってなに?」
騎士とレイたちの会話に、ペルが無邪気な声で口を挟む。
「テロリストってのはねぇ、国や国王様に刃向かう悪いやつのことだよー。んー、でも、場合によっては良いやつのときもあるのかなぁ……」
「ふーん? 難しいねー」
メロウの説明に、ペルは首をかしげた。
「貧民街の過激派がまた横行してんのか? そんなのジュビリーだったら、いつものことだろうに」
この都市の出身であるというサリアが、呆れた声で騎士に言った。「勇者様御一行なら、話してもいいでしょう」と前置きして、騎士が小声で説明を始めた。
「現在厳重警戒されている一派は、というか一人なのですが……。カトラリア王国でも最重要とされる指名手配犯なのです。自称革命家の『ダリス』。以前からこのジュビリーに潜んでいるはずですが、まったく尻尾は掴めていません」
「……!!」
その名前を聞いた瞬間、サリアは息を飲んだ。だが顔色は変えなかったため、サリアの異変にレイたちは気づかなかった。
「そういう事情ならしかたがない。数日待って、警戒が解かれぬようなら次の土地に移動しよう」
城を後にしたレイたちは、今夜の宿を探すため市街地に入った。南では見たことのない品が並ぶ露店を、ペルが珍しそうに覗きこんでいる。
「城の周囲は、高級住宅街か。この都市にも貴族はいるんだねぇ」
「どこにでもいるさ。あの辺に住んでるのはホープ王子の取り巻き貴族様だな」
メロウとサリアがそう話していたまさにその時、高級住宅街から爆発音が鳴り響いた。
その方向を見ると、おびただしい量の黒い煙が昇っている。
「なんだ!?」
「行くぞ!」
サリアたちが様子を確認しようとするその前に、レイはすでに住宅街のほうへと走っていた。
次々と発生する爆発。最初は遠くで鳴っていたが、少しずつレイたちのいる住宅街の入り口に近づいてきている。まるで数多の激しい音が、ものすごい速さで追ってくるようだった。
各所で炎が上がり、住宅が燃え始める。
家から出てきた貴族たちの悲鳴が聞こえてくる。
「何だ、この爆発は……! 火魔法か!?」
これまでに見たこともない攻撃に、レイは戸惑っていた。爆発は火魔法のフレアに似ているが、
魔法は使う者の精神状態を強く反映する。これほどまでに人の感情を一切排除した、攻撃的な魔法を唱えるのは一体どんな人物なのだろうと、レイは少し畏れを抱いた。
高い笑い声が聴こえる。
爆発の中心に立っているのは、貴族に人気の歌劇に登場する怪人を模した、仮面をつけた背の高い男だ。笑いながら貴族の屋敷の間を走り、男が通った場所には火の手が上がる。
その姿はまるで、怪人そのもののようだった。
「ダリス……!」
歯を食いしばり、絞り出すような声で、サリアがその名を呟いた。