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3 鎮魂歌

 レイが勇者の剣を天に掲げると、その剣身は白い光に包まれた。剣は魔力マナに包まれ、鋭利ささえ増したように見えた。


「暁よ、力を貸してくれ……」


 レイに飛びかかる魔物のしなやかな肉体。硬いものがぶつかる鋭い音がして、光をまとったレイの剣とサーベルタイガーの牙が触れ合い、互いに一歩も譲らず火花を散らす。

 交差した剣と牙はしばらく押し合っていたが、やがてレイが力で魔物の体を跳ね返した。

 後ろに飛んだサーベルタイガーは、まったくダメージを負っていない様子で前足を地面に踏み締め、レイに向かって咆哮した。


「おお、勇者様は馬鹿力だねぇ。でもこれって、倒しちゃまずいやつじゃねえの?」


 刃の歪曲した短剣を持ったサリアが、レイの隣で迎撃の構えを取る。


「この魔物たちは、昔から島民と共存していたと言っていた。私たちが勝手にその関係を壊していいものではないだろう」

「だよなぁ。花は諦めて、逃げるか?」


「あのー……」


 ふたりの会話に、昨日船で出会った吟遊詩人のメロウが口を挟もうとして前に歩みでてきた。銀色の髪をした、詩人らしい優男である。

 サリアがメロウを、強い口調で制止した。


「詩人さんよぉ、武器も持ってなけりゃ攻撃魔法も使えなさそうだな! 下がってろ!」


「あっ、見て!」


 何かを見つけたらしい、ペルが声を上げた。


「子どもだ! 後ろに、子どもの虎がいる!」


 岩陰から、猫くらいの大きさのサーベルタイガーの子が四匹、よたよたとした足取りで歩いて出てくる。

 先ほどレイに襲いかかってきた大人のサーベルタイガーがそれに気づき、慌てて子どもたちのほうへ戻っていった。


「子が産まれたばかりで、私たちよそ者の気配に殺気立っているのか……」


 レイはその光景を見て、剣を下ろした。まとっていた白い光がふっと消えた。


「んー、ますます攻撃できねえなぁ。でも岩のほうまで近づいたら怒るよなぁ」


 同じく剣を下ろしたサリアが、困った顔をして言う。


「あのー……」

「さっきから何だよ、詩人」

「ここは、僕に任せてくれないかい?」


 メロウの言葉に、レイとサリアは顔を見合わせた。


「どうにかできるのなら、ここはおまえに託そう」


 いったいどうする気か、見当もつかなかったが、レイは彼に任せてみる気になった。

 さっきサリアが攻撃魔法も使えなさそうと言ったが、メロウから強い魔力マナを感じていたのも事実だった。


 サーベルタイガーの大人たちが再び、レイたちを退けようと牙を剥く。じりじりと間合いを詰めてくる。

 メロウはその殺気を意に介さない様子で、魔物たちの群れの真ん中に立った。


「おい、あんた、危な……」


 サリアがメロウを止めかけたそのとき、草原の上を旋律が走った。


 メロウが竪琴を弾き、歌を歌う。ポロン、ポロンと静かな音色が響き渡る。

 レイたちだけではなく、サーベルタイガーの群れも、その声に耳を奪われ、動けずにいた。その歌は聴くものを吸い込むような魔力マナを帯びていた。


「なんて、優しい歌……。まるで湖の底にいるみたいだ」


 ペルが目を閉じて、音楽に耳を澄ませている。


 人も、魔物も、空を飛ぶ鳥や草木まで、ひとつになるような歌だった。

 サーベルタイガーは発していた雷を止めた。今にも飛びかかりそうだった手足を前で揃え、耳をぴくぴくと動かし、ただ旋律に聞き入っていた。


「良い子だね。君たちの子どもには何もしないから大丈夫だよ」


 メロウはその場に体を伏せたサーベルタイガーの頭を撫で、子どもたちのいる岩のほうへと歩いていった。


「あ、あった。綺麗な紅色の花」


 固まって咲いていた花を何輪か摘むと、レイたちのところへ戻ってきて、差し出した。


「はい、勇者様。これで足りるかな」

「……ああ、問題ない。この花はおまえの手柄だ。自分の手で島の者へ渡すといい」

「いいんだよ。勇者様からもらったほうが、島の民たちも喜ぶからね。さあ、早く戻ろう」


 ようやく我に返ったサリアとペルが、メロウに飛びついた。


「すげえ、あんたの歌、すげえな!! こんなの最強じゃね!?」

「すごいー! メロウ、すごい!」


 メロウは突然飛びつかれて頭を揺らしていたが、気弱そうな顔で微笑んで言った。


「どんな魔物にも効くというものではないよ。魔力で負ければ、跳ね返されるからね……」



 ***



 島民たちの元へ帰ると、レイたちは歓声とともに迎えられた。

 レイは老人に、花束を手渡した。


「死んだ者の人数分、たしかにございます。勇者様に弔われたとなれば、この者たちも浮かばれるでしょう」


 老人はそう言って、勇者たちに頭を下げた。


 島の葬儀が、始まる。小さな船に乗せられて、遺体の入った包みが海へと送りだされる。布の上には、さっき摘んできた花が一輪ずつ供えられている。

 十三の小舟の周りを、道案内をするようにいくつもの燈籠とうろうが漂っている。


 メロウに話しかけてきたのは、子どもを亡くした母親だ。


「吟遊詩人様、よろしければ、鎮魂歌を歌ってはくれませんか」


 メロウは黙って頷き、竪琴を左腕に抱えた


 詩人の歌声が、再び島に響き渡る。その歌はサーベルタイガーを鎮めたときとは違い、明るく、南の島を思わせるようなメロディだった。


「みんな、笑ってる……!?」


 ペルが最初に、島の民たちの異変に気づいた。

 島の民たちは、小舟を流した砂浜で、笑いながら踊っていた。家の中から楽器を持ち出してきた者さえいる。

 舟に乗った、死んだ者たちを燈籠と共に見送りながら、笑い声を上げて、手をつないで踊っていた。


「メロウ!」


 その様子を見ていたレイが、険しい声でメロウを止めようとした。


「人は、泣きたいときは泣くべきではないのか!? おまえの歌はたしかに素晴らしい。だが、人の心まで操るなど……」

「操ってなんかいないよ。この曲は魔力マナを帯びていない。僕はただ、楽しい音楽を奏でているだけ……。ランターン島の風習でね、死者を笑って送りだすんだ」


 メロウは竪琴でメロディを奏でながら、レイに向かって言った。


「彼らは自然と共に暮らす人々……。嵐は島に住む者の、古くからの宿命だ。だからこそ、死は終わりじゃない、魂は海にあるのだと信じられているんだ」


 人々は互いに手を取り合って踊る。メロウの歌声に合わせながら。



 ちょっと海に行ってくるねって君は笑った

 またいつか、ここへ帰ってくるから

 波とともに

 魚とともに

 真珠貝とともに

 何度でも、この生まれた地に帰ってくるよ



「歌には、人を癒す力があると信じている。この島の人々が、せめて安らかに眠れますように……」


 葬儀が終わる頃、船長から船の修繕が終わったと通達があった。

 メロウが、レイたちに向かって言う。


「君たちの旅、僕もついていっていいかな? 僕はね、弟を探しているんだ」


 レイ、サリア、ペルの三人は、彼を受け入れた。


 錨を巻き上げる鉄の音が響いて、船は出港する。

 勇者一行の旅は続く。

 砂漠を超えて、次の土地まで。

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