「おい、来たぞ」竹下刑事がつぶやくように言った。
暗闇の中で、灰色の作業着を着た男がひとり石段を登ってきた。男は本殿の前で1礼すると、ポケットを探って財布を取り出した。そしてしばらく財布の中身を吟味していたが、一枚の硬貨をつまみ上げると
「こんな真夜中に参拝ですかね」小川刑事が小声でささやいた。
鈴緒を引いてガラガラと
「なにかやりそうだな」竹下が言った。
男は懐からなにやら棒のようなものを取り出して賽銭箱に差し込んだ。
「やっぱりな」
男はその動作を何回か繰り返すと、そそくさとその場を立ち去ろうとした。
刑事たちは一斉に動いて四方から男を取り囲んだ。懐中電灯の明かりが男を照らし出した。
「はい、きみちょっと止まって!」竹下が恫喝する。「いま何かやったね」
刑事たちは、神社の依頼で賽銭泥棒を張り込んでいたのである。
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「ぼくは何もやっていません」
警察署の取調室に連行されても、その男は犯行を認めなかった。
「じゃあ、おまえのポケットに入っていた小銭はなんだ?」
竹下が取り調べをしていた。
「え?」
「賽銭箱から小銭を盗んだんだろ」
「違いますって。あれはおつりをいただいたんです」
「なんだと?」
「ですから、財布の中を見たら百円玉しかなくて・・・・・・仕方がないから95円のおつりを返してもらったんです」
「何を馬鹿なことを言っている。そんな言い訳が通用するとでも思っているのか!」
「竹下刑事。たしかにこの男の所持金は50円玉1枚と10円玉4枚、それに5円玉1枚です」と調書を書いていた小川が言った。
「ぼく・・・・・・先月、旋盤工の会社をクビになってしまって。年の瀬を越せないぐらい貧乏で」
男が
「おまえ本当なのか」竹下が哀れな表情をして男を見た。「本当に神さんに賽銭のおつりをもらいたかっただけなのか」
「はい。実はもう三日間なにも食べていなくて」
男は涙目で竹下を見た。
「馬鹿野郎。そういう時には交番に駆け込むとか、生活保護を受けるとかいろいろ手はあるだろうに。まあいい。飯でも食っていけ」
「え?」
「カツ丼のひとつでも食って帰れ」竹下は目に涙をためて財布から1万円札を出して男の前に置いた。
「悪かったな。これで何かの足しにしろ」
そのとき取調室のドアが開いた。
「竹下刑事ちょっと」
警察官が竹下になにやら耳打ちをして出て行った。
「あ、この1万円は返してもらうよ。いま賽銭箱からお前の指紋がついた百円玉が見つかった。表と裏を貼り合わせてあったのだそうだ。お前旋盤で硬貨を2枚にスライスしたな」
「自動販売機で2回分使えるかと思って・・・・・・」
「賽銭ドロボーは窃盗で10年以下の懲役だが、貨幣損傷取締法違反なら1年以下の懲役だ。さてはお前、年の瀬を暖かい警察ですごそうとわざと捕まりやがったな」