「くそう、捜査に行き詰った。しかたがない。こうなったら一杯飲みに行こうぜ!」
捜査一係の
「こういう時には気分転換に限る」
ふたりは夜の繁華街に出る。時計はすでに夜の10時を回っていた。刑事は公務員だが、実質的に定時というものが存在しないのだ。久遠は馴染みの手羽先屋に入り、ビールとおつまみを注文した。
「とりあえず生ビール2杯と手羽先二人前ね」
「それにしても、どうして凶器がみつからないんですかね」
郁子はテーブルに肱をついて首をかしげた。
「わからん。容疑者は犯行の10分後には確保したからな。凶器を処分する余裕はなかったはずだ」
「そうですよね・・・・・・」
その殺人事件は郊外の住宅地で発生した。
犯人は無職の外国人で、昼間のうちに金持ちの留守宅を物色して空き巣に入ったのである。侵入後、金目の物を探している最中に運悪くそこの主人が帰宅して揉み合いになった。犯人は持っていた鋭利な刃物を使って心臓を一突きすると、なにも盗らずに逃走した。
その物音を聞きつけた隣人が警察に通報をして、2km離れた公園に潜伏しているところを警察官に確保されたのである。
「久遠さんはこの店によく来るんですか」
「うん。ここの手羽先は日本一うまいんだ」
運ばれてきたビールで乾杯をする。郁子は久遠に箸を渡した。
「手羽先に箸はいらないだろう」
「じゃあ、どうやって食べるんですか」
「手羽先のおいしい食べ方は手掴みが基本だ。いいか、まず手羽先の両端をつまむ」
「こうですか」
「そう。そしたら二つに折る」
郁子が指に力を入れると、チョークを折ったようなポキッという音を立てて手羽先が2つに折れた。
「手羽先はさ・・・・・・」久遠が折れた手羽先を左右に引っ張ってふたつに分ける。「尖った方のことをいうんだ。肉厚の方は手羽中だ」
「そうなんですか」
「まずは手羽中の肉をたべる」
「・・・・・・おいしいです」
「それだけでもいいんだけど、どうせなら手羽先の方の皮や肉、軟骨もいただくといい」
「この皮のところがおいしいですね」
「そうだろう。それで最後に骨までしゃぶりつくすのが一端いっぱしの手羽先通なのさ。この世にこれほどおいしい鶏肉のおつまみが他にあると思うか」
「ないと思います。でも骨まではちょっと・・・・・・」
郁子は2つめの手羽先に取り掛かった。
「・・・・・・ちょっと待てよ。今なんて言った?」
久遠はビールを飲む手を止めて郁子を見た。
「これほどおいしいおつまみはないと思いますって・・・・・・」
「そうじゃなくて、その後」
「骨まではちょっとしゃぶれない・・・・・・」
「それだ!」
「被害者は大型犬を飼っていたな」
「確かゴールデンレトリバーだったと思いますけど。それが何か。犬小屋の中まで捜しましたけど、凶器らしい物はみつかりませんでしたよ」
「犬小屋の中じゃないんだ。あの犬、なにかくわえていただろう」
「骨じゃなかったですか」
「骨を削り出したナイフだったらどうする」
「まさか」
「破片だけでも残っていればいいが」
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そのあと久遠と郁子は現場に戻って、犬の食べ残した骨の欠片を回収した。そして、ほんのわずかだが被害者の血液が付着していることが判明したのだった。
「やりましたね!」
「乾杯だ!」
久遠と郁子は手羽先屋に今度は祝杯を上げに来ていた。
「おいしいからいいですけど、どうしてまた手羽先なんですか?」郁子が訊いた。
「この手羽先をよく見てみろ」久遠がニカッと笑顔を作る。「勝利のVサインに見えないか?」