「こんにちは。巡回連絡で来ました。〇×交番の
ドアの隙間からのぞくと、玄関先に制服姿のおまわりさんが立っていた。
「警察の方・・・・・・ですよね」
まだ若い奥さんのようだった。
「はい〇×交番の久本です。
「あの・・・・・・本物の警察官の方でしょうか」
「はい。巡査の久本といいます」
久本巡査はにこやかに白い歯を見せて答えた。
「警察手帳を見せていただけますか」
「もちろんです。こちらです」
久本は二つ折りになったバッジケース型の、黒い警察手帳を縦に開いて提示した。下段に金色に輝く警察エンブレム、上段に階級、氏名、職員番号が印刷されたプレートが収まっている。
「・・・・・・ありがとうございます。実は少し困っていることがございまして」
「どんなことでしょうか」
久本巡査は警察手帳をポケットに仕舞い、バインダーのページをめくった。
「込み入った話になります。ここでは何ですから、どうぞ中にお入りになって」
「いえ、こちらで結構です」
「そんなことおっしゃらないで。お願い」
女性の真剣な眼差しが訴え掛けている。
「分かりました。それじゃあ少しだけおじゃまします」
市民の悩みを聞くのも警察官の仕事なのである。玄関を入ると右手が応接間になっていた。
「どうぞこちらにお掛けになって。今お茶を淹れますね」
そう言うと女は奥に下がってしまった。
「あ、どうぞおかまいなく」
久本の声が届いたかどうか。しばらくすると、お盆にコーヒーとケーキを載せて女が戻ってきた。
「お若いから、日本茶よりコーヒーの方がいいかと思って」
女はにっこりと笑う。
「ああ、すみません。公務中ですのでいただくわけにはいきません」
「そうなの。せっかくだから、せめてコーヒーだけでも飲んでいただきたいわ」
女が切なそうに久本の目を見つめる。
「ありがとうございます。それではコーヒーだけいただきます」
久本は出されたコーヒーを口にした。署で飲むインスタント・コーヒーではなく、本格的に豆から挽いたコーヒーのようだった。
「おいしいです。久しぶりに本格的なコーヒーをいただきました。ありがとうございます」
「お気に召してよかったわ」
「それで、お困りごとというのは」
「実は銀行員と名乗る男から、磁気不良が発生したのでキャッシュ・カードと暗証番号を渡して欲しいと、先ほど電話で連絡がありまして」
「それはおかしいですね。絶対にキャッシュ・カードを渡してはいけませんよ」
「それが、カードの受け渡しは危険なので警察官を行かせるって言うのよ」
「それはぼくではありません。そうすると、もうすぐ警察官になりすました偽者が現れるということですか」
「そうなるわね」
「それでは、とりあえず安全のためにキャッシュ・カードは本官が預かっておきますのでご用意を」
「ありがとうございます。実はもう一つ困ったことがあるの」
「なんでしょう」
「主人が重病で、臓器移植が必要なのよ。ドナーが見つからないと、あと一週間の命だって言われているの」
「それは大変ですね。でもそちらはお医者さんでないと対応できそうもないですが、もしぼくにできることがあれば言ってください」
「ありますとも。あなたの臓器をいただきたいのよ」
「なんですって!」
「さきほどのコーヒーには睡眠薬をたっぷり入れてあるの。眠っている間に取り出すから痛くないのよ。
「なぜそんなことを・・・・・・」
「久本さん。職員番号を教えていただけますか」
「ええと、たしか警察手帳に・・・・・・」
「この世の中に職員番号を暗記していない警察官なんてひとりもいないのよ。しかも黒い警察手帳なんて・・・・・・本物の警察手帳はチョコレート色をしているって知らなかったの?」
「そんな」
「頭悪いわね。でも安心して。脳移植じゃないから」