ヒップホップダンスは、ストリートダンスの中でも最もポピュラーなダンスである。
膝を伸ばす“アップ”と、膝を曲げて身を沈める“ダウン”でリズムを取り、その表現はあくまでも自由で、正解、不正解というものはない。だから誰でも楽しめるのがヒップホップダンスなのだ。
「次回のダンス大会のトリは俺が務めることにする」
ダンスチーム『チーム大地』のリーダーであるショウがみんなの前で宣言をした。9人のメンバーが羨望の眼差まなざしでショウを見つめる。みな体育座りをしていた。男女混合、ショウを含めて男が7人、女が3人のチームである。
「トリに掛けて、鳥かごみたいにアクリルの箱を用意して、その中で踊りながら上からおれが降りて来る」
「リーダー。なかなか盛り上がりそうな演出ですね」
「だろう」ショウが笑う。「じゃ、休憩終わり。練習を再開しようか」
ショウが全員を立ち上がらせようとする。
「あの・・・・・・」女性メンバーのひとり、ミミが手を挙げた。「今日新しく入りたいっていう娘を連れて来てるんだけど」
全員が後ろを振り返る。そこに、おかっぱ頭に眼鏡をかけ、エンジのジャージに薄汚れた白い布地のスニーカーを履いた痩せこけた少女が佇んでいた。影が薄すぎて、誰一人として彼女の存在に気がつく者がいなかった。
「あの・・・・・・よ、よろしくお願い・・・・・・」
声も小さくてよく聴き取れない。
「大会の後でいいんじゃね。今のメンバーで力をつけないと勝てねーと思うし」
ショウが冷たく言った。
「この娘、意外とできると思うよ。一回ダンス、観てやってくれないかなぁ」
ミミが哀願するようにショウに訴えた。
「ま、いいや。とりあえず勝手に後ろで踊ってれば。誰だっけ?」
「ビーミィ」
ミミがビーミィに向かって親指を立てた。
「それじゃあ、まず一曲目」
腹に響くようなベース音が鳴り響き、突き上げるようなリズムが始まった。
その途端、ビーミィはスイッチが入ったかのように踊り始めた。先ほどの引っ込み思案な雰囲気は陰を潜め、まるで重力を感じさせない軽やかさで踊り出したのである。
全員が目を見張った。(エンジェル降臨)誰もがそう思った。
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その後、チーム内で“鳥かご”論争が起こることになる。最後の鳥かごダンスをビーミィに躍らせる案を提唱するメンバーが現れたからだ。
そんなある日、ビーミィが練習に現れなくなった。ミミが事情を訊くと、ビーミィははっきりとは言わなかったがメンバーの誰かに暴行を受けたらしかった。誰もがだいたい察しはついていた。
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ダンス大会は大詰めを迎えていた。
スモークの中で踊っているメンバーの上方から、アクリルの箱がゆっくり降りて来る。中でショウが得意のダンスを踊り出した。会場は大きくどよめいて拍手を浴びせる。
ショウの動きは、いつもと違って見えた。ダンスの神様が降臨したかのようだった。いつものショウの踊っているスピードとまるで違う速さで踊っているように見えた。手の動きが上下左右に目にも止まらぬ速さで動いている。
高速スピン。
曲が終わると同時にショウの動きもピタリと止まり、電池が切れたオモチャのように床に崩れ落ちた。そしてショウは、二度と起き上がることがなかった。
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「それで、リーダーの名前は?」
「ショウ」ミミが答えた。
「本名は?」
「知らない」
「君たちはお互いの本名を誰もしらないのか」
「だって、必要ないもん」
警部はあきれた顔でメンバーたちの顔を見回した。
「警部、死因がわかりました」
そこへ若い刑事が近づいてきた。
「ハチの毒針によるアナフィラキーショック死だそうです。死体のそばにミツバチが一匹死んでいるのが確認されました」
「それじゃあ、あの被害者は踊っていたわけじゃないんだな。ハチを追い払おうとしていただけだってことか」
「誰かが意図的にハチをかごに入れたんでしょうか」
「きっと虐められて怒ったんじゃない。その蜂さん」
ミミがビーミィにウインクした。