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ウインク

「いったい何がどうしたっていうのだ。わたしにはさっぱり分からない」

 大富豪のジャクソンがハリソン警部に訴えていた。頭が禿げ上がり、肥満体のジャクソンは、いまにもつかみかからんばかりの勢いだ。

「まあ、ジャクソンさん。落ち着いてください」

「これが落ち着いていられるものか!」

「結局なにがあったのです?」

「婚約者のマリアが初めて逢った若い男にさらわれたのだ。しかも一言も言葉を交わしていないのにだぞ」

「会話がなかったというのですか?」

「そうだ。おかげで著名人を集めた婚約パーティーは台無しだ」

「さきほど市街地に検問を張りました。運がよければすぐに奥さん・・・・・・いや、ご婚約者は確保できるでしょう」ハリソン警部はジャクソンの肩に手を置いた。「ところで、防犯カメラはありますか。確認しておきたいのですが」

「ああもちろんだとも。隠しカメラがこの屋敷のあちこちに設置されているはずだ」

「マリアさんとその若い男とは本当に初対面だったのですか?」

「ああ。少なくともわたしの知っている限りではな」

「警部」若い刑事が奥の部屋から出てきた。「ビデオ再生の準備ができました」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「ジャクソンさん。これは・・・」

 隠しカメラは各部屋に設置されていたようだ。寝室のビデオにはマリアを突き飛ばして、平手で女の頬を殴っているジャクソンの姿が収められていた。

「いや、これはちょっと」

 ジャクソンは慌ててモニター画面の前に立った。「いささかお見苦しい所をお見せしてしまったようだ。ほんのささいな痴話喧嘩だよ」

 ジャクソンは額の汗を拭った。

「ジャクソンさん、もしかしてあなた・・・・・・」

「ちょっと待て、いま問題なのは拉致された婚約者を取り戻すことじゃないのかね」

「それなんですが、こっちのモニター録画を観ていただけますか」

 そこにはマリアと背の高いブロンドの男性が映っていた。距離にして約5m離れている。

「いいですか、ふたりの目をよく見ていてください」

 ハリソン警部はビデオを一時停止にして、スローモーションで再生しはじめた。


 男はマリアに向かってゆっくりと右目をつむった・・・・・・。

 マリアは両目を閉じた・・・・・・。

 男は右目をつむった・・・・・・。

 マリアは左目を閉じた・・・・・・。

 男はもう一度右目を閉じた・・・・・・。

 マリアは左目で二回瞬きをした・・・・・・。

 男はさらに右目を閉じた・・・・・・。

 一瞬マリアはためらった表情をすると、左目をゆっくりと閉じた・・・・・・。

 男は深く頷くと、出口を見て右目を瞬いた・・・・・・。

 男の後にマリアが続いた。出口では車両係をしていた執事のマイクが立っていた。

 男とマリアの姿を確認したマイクは、なにも言わずに右目を瞬いた・・・・・・。

 マリアが執事に対して右目をつむった・・・・・・。

 門を出た男とマリアは手に手を取って走りだした。


「なんだこれは」ジャクソンがモニターを指さして怒鳴った。

「ジャクソンさん。いまの彼らの行動に音声をつけて差し上げましょうか?」

「こいつら何も言葉を発していないではないか」

「かれらのウインクの意味ですよ。昔新聞の記事で読んだことがあります」

「聞かせてもらおうか」ジャクソンが腕を組んで言う。


 ハリソン警部が録画を巻き戻して再生を始めた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 青年はマリアに向かってゆっくりと右目をつむった・・・・・・「あなたは美しい」

 マリアは両目を閉じた。・・・・・・「誰かに見られているわ」

 青年は右目をつむった。・・・・・・「好きです」

 マリアは左目を閉じた。・・・・・・「あなたなんて嫌いよ」

 青年はもう一度右目を閉じた。・・・・・・「愛してるんだ」

 マリアは右目で二回瞬きをした。・・・・・・「わたし婚約しているのよ」

 青年はさらに右目を閉じた。・・・・・・「でも愛してるんだ」

 一瞬マリアはためらった表情をすると、左目をゆっくりと閉じた。・・・・・・「わかったわ、わたしを愛してみて」

 青年は一度深く頷くと、出口を見て右目を瞬いた。・・・・・・「よし今だ(合図)!」

 男の後にマリアが続いた。出口では車両係をしていた執事のマイクが立っていた。男とマリアの姿を確認したマイクは、なにも言わずに右目を瞬いた。・・・・・・(頑張ってください。応援してますよ)

 マリアが執事に対して右目をつむった。・・・・・・(内緒よ)

 門を出た男とマリアは手に手を取って走りだした。


「ジャクソンさん」ハリソン警部は微笑んだ。「目は口ほどに物を言うっていいますからね」

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