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「え!」
紀美加はSNSの画面を見て、おもわず部屋の中を見回した。そして灯りを消して、カーテンの隙間からそっと表道路を確認した。誰かに見られている。そう感じたのはここ二週間前ぐらいからだった。
“今日の赤いスカートはとてもお似合いでしたね”
SNSのメッセージは続いていた。
誰なの。身に覚えがまったくない訳ではなかった。会社の同僚である。
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その男の名前は
ところが秋の社員旅行で、たまたまバスの席が紀美加と隣り合わせになってしまったのだった。彼と何も話すことがない紀美加は、当然のことながら谷淵を無視するように座席の後ろの女子と世間話をはじめた。その時の会話の中で、自分の個人情報に関係することを口走ってしまった可能性があった。
「田中さん。これ食べませんか」
振り返ると、谷淵が冷凍ミカンを紀美加に差し出していた。
「け、結構です。ありがとうございます」
谷淵がふっと笑って手を引っ込めた。その時なぜか寒気がした。
バスが日光東照宮に到着すると、ホテルに向かうまでの時間が自由行動になった。紀美加は数人の仲良しグループと一緒に観光やら、名物のデザートなどを楽しんで過ごした。
そのとき、ふと視線を感じた。遠くで谷淵がこちらを伺っていたような気がしたのである。
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「警察に相談した方がいいかしら」
紀美加は大学サークルで一緒だった、
「まだはっきり彼と決まったわけじゃないんだろう。ただのイタズラかもしれないじゃないか」と白滝は微笑んでみせた。
「でも怖いのよ。いつでも監視されてるような気がして」
「その谷淵って男がこの部屋の住所を知っている可能性はあるのかい」
「わからない。社内の住所録は個人情報だから調べることはできないはずなんだけど・・・・・・尾行とかされていたら」
紀美加が肩をすぼめた。
「ちょっと待てよ。紀美加さん、SNSとかやってたよね」
「ええ。時々写真のせてたりするけど」
「ちょっとその画像みせてくれる?」
紀美加が携帯電話にSNSの画面を出して白滝に渡す。
「これ、ひょっとして位置情報が画像に残ったままじゃないのか」
「どういうこと」
「つまり、この日光の写真には宇都宮の位置情報が残っている。たぶんこのマンションの近くの画像がSNSに残っていたとしたら、紀美加さんの住所を割り出すことは簡単だ」
「ええ、まじで。位置情報をオフにしておいたらだいじょうぶなのかしら?」
「そうとも言えない。しつこい奴なら写真に写った風景だけで、それがどこなのかを探り当てることができる。それが彼らの楽しみともいえるのさ」
「怖い世の中ね」
「あ、それからこの日光の写真だけど、友達の顔とか映っちゃってるよね。本人の承諾を得ておかないと個人情報の
「わかったわ。すぐ削除しておく」
「それがいい。顔写真、住所、電話番号、前科、病歴、結婚歴、身体的特徴なんかもプライバシーの侵害になるからね」
「なんかSNSって気軽に書いちゃいそうで危ないんだね」
「うん。とにかくその谷淵ってのは一応マークしておかないといけないかもな。なるべく接点を持たないこと。何かあったら連絡して、すぐに駆けつけるからさ」
「ありがとう。今は白滝くんだけが頼りなの」
「まかせとけって」
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数日後、会社の廊下で谷淵が声をかけて来た。
「あの・・・・・・」
紀美加は聞こえなかったふりをして、給湯室に逃げ込み息をひそめた。心臓の鼓動が速くなる。谷淵の足音が近づいて来る。
「谷淵君」と専務の声が聞こえた。「ちょっといいかね」
「はい」という谷淵の返事が聞こえ、足音が遠のいていった。
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“今日の下着の色はベージュなんだ。あなたは白とかピンクの方が似合うのに”
とうとうストーカーが紀美加の部屋の中にまで・・・・・・。
紀美加は震える指でで白滝に電話を入れた。
「すぐに来て!お願い、部屋にストーカーがいたかもしれないの」
「なんだって!警察には?」
「まだ連絡してない」
「わかった。とにかくぼくがいくまで警察には連絡しないで」
「わかった」
電話が切れた。紀美加は台所から果物ナイフをそっと抜きだして構え、ビデオのスイッチを入れた。
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「紀美加さん。だいじょうぶ!」白滝がドアを開けて足早にリビングに入って来た。
そこには見知らぬ男性がソファーに座っていた。
「お前は誰だ」白滝が目をむいた。「紀美加さんはどこだ」
「ここよ」奥から紀美加が顔を出した。「その人が谷淵さん」
「なに、そいつが」
「そうじゃないの」紀美加が白滝を制した。「谷淵さんが部屋に隠しカメラが仕掛けられているかもしれないから気をつけろってメモを渡してくれたのよ」
「なにそれ・・・・・・」
「そうなの。そうしたら、そこに映っていた姿が白滝くん、あなただったのよ。いま警察がここに向かっているわ」