ふだん陽気なイタリア人も、理不尽な扱いを受ければ復讐の鬼になることがある。
マフィアというのは、『Monte alla Fancia Italia anela(すべてのフランス人に死を、これはイタリアの叫び)』の頭文字を並べたものである。
1282年にシチリアの教会において、夕べの祈りをささげていた市民に対し、フランス兵が市民の奥さんにちょっかいを出したのが事の始まりである。怒ったイタリア人が上記のスローガンを掲げてフランス兵を大虐殺する事件が起きたのだ。“マフィアを怒らせると怖いぞ”という定説が、イタリア裏社会組織の根底にあるのだ。
これは、そんなマフィアのボス同士の争いの中で起きた事件である。
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対立する片方のマフィアのボス、アレキサンドロが亡くなった。場所は花の都フィレンツェの郊外にある、石造りの一軒家の屋内である。アレキサンドロは、居間の中央でこめかみを銃で撃ち抜かれていたのだ。発射された銃は死体の右横に転がっていた。
「これは自殺ということになりますかね」
刑事のロレンツィオがリッカルド警部の背中に話しかけた。
「あり得んな。マフィアのボスが自殺なんてすると思うか」
リッカルドは部屋中をくまなく観察して回っている。
「でも警部。ドアも窓からも蟻一匹入る隙間もありません。どう考えてもこの家は完璧な密室じゃありませんか」
「ロレンツィオ君。この家は誰の所有物かね」
警部は絨毯を横から覗き込んだり、指でこすったりしている。
「はい警部。前のオーナーは海外に引越していて、今は空き家のようです」
「現在のオーナーは誰だ」
ロレンツィオは手帳を取り出して読んだ。
「エルドラド不動産です」
「そこの出資者はもしかしてレオナルドじゃないのか」
「おっしゃる通りです。アレキサンドロと対抗するマフィアのボスです。だからと言って、どこの不動産も多かれ少なかれ、どちらかと繋がりがありますからね」
「行くぞ」
「どちらへ」
「エルドラド不動産に決まってるだろ」
「了解しました」
刑事はため息をついた。
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「レオナルドさん。アレキサンドロを殺害したのはあなただね」
リッカルド警部はレオナルドのオフィスに来ていた。
「なんのことかな」
レオナルドはマホガニーのデスクに向かって仕事をしていた。上等な葉巻をくわえて上機嫌にリッカルドを眺める。レオナルドの両側には大男がふたり、ダークスーツに身を包んでまるで不動明王像のように立っていた。左胸が膨らんでいるのは、ホルスターに拳銃がぶら下がっているからだろう。
「ずいぶん大掛かりな密室トリックを仕掛けたようじゃないか」
「密室トリック?」
「エルドラド不動産によると、あの物件の清掃はアレキサンドロがあそこで亡くなる前日に行われていた。
それにもかかわらず、現場の絨毯には土埃が見受けられたのだ。おかしいと思わないか」
「掃除屋がさぼったか、天井から昔のホコリが落ちたんだろうよ」
「レオナルドさん。あんた、空軍にもツテがあるらしいね」
「どこにだってあるさ」
「あの日、空軍のA129マングスタが全機出払っていた記録が残っている」
「マングスタ?」
「攻撃ヘリコプターさ。ターボシャフトエンジン2基を搭載した化け物みたいな出力のヘリだそうだ。
あんたはあの重たい石造りの家ごとそのヘリコプターで持ち上げて、死体と拳銃を居間に放りこんだのさ」
レオナルドの瞳の奥が一瞬、炎のように赤く燃えた。
その時デスクの電話が鳴り出した。レオナルドは受話器を取る。
「はい・・・・・・」レオナルドがにやりと笑う。「警部、あんたにだ」
電話は警視総監からだった。捜査の打ち切りを宣告してきたのだ。
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ビルの前でロレンツィオ刑事が車で待機していた。
「どうでした?」
リッカルド警部は肩をすくめた。
「予想通り。あの野郎、警察幹部とも繋がっていやがった」
「くそう」ロレンツィオはハンドルを叩く。
リッカルド警部は車の助手席に乗り込むと、勢いよくドアを閉めた。そして車窓からレオナルドのビルに向かって大声を上げた。
「すべてのマフィアに制裁を!これはリッカルドの叫びだ!」