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サボテン

「昨日の午後3時から5時の間、あなたはどちらにいらっしゃいましたか?」

 その男の頭はサボテンを連想させた。髪の毛が薄いうえに、ツンツンと毛が立っていたからである。ちょうどリビングのサボテンが、かわいい白い花を咲かせていたのでそんな連想を抱いたのかもしれない。

 刑事は何気なくジロジロと家の奥まで物色している。厚かましくて嫌な感じだ。

「その時間ですか・・・・・・よく覚えていませんわ」

 亜沙子あさこはサボテンのような頭の刑事を見つめながら、頭の中では高速回転で思考を巡らせていた。なるほど、これがいつもテレビで観る刑事のアリバイの確認というやつね。でもどうしてかしら。想定の時間と合ってないわね。

「そうねえ。家でお茶でもしてたかしら」

「それを証明できる方はいらっしゃいますか?」

「いいえ誰も。だって、その時には主人は会社、娘は学校に行ってますもの」

「宅配便なんかも届かなかったですかね?」

「刑事さん。今どきは置き配なのよ。チャイムすら鳴らさないんだから」

「失礼しました。何か思い出しましたらご連絡をお願いします」

 そう言って刑事は名刺を置いて行った。

 おかしいわ。わたしが菜美恵なみえを殺したのは午前10時のはずなのに・・・・・・。


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 PTA役員の亜沙子が用意していたアリバイはこうである。


 数週間前から何パターンかの天気の状態で、時計の見えるリビングルームの動画を撮影しておく。当日の天気に合わせた動画をバックの壁紙にして、テレビ会議システムでPTAのミーティングを開催したのである。

 そしてワンボックスカーを菜美恵の住むマンション近隣の駐車場に停め、後部座席でパソコンを操作し、10時の休憩15分間に菜美恵を亡き者にして、何食わぬ顔で車に戻ったのだ。

 実際の時間と動画の時計をばっちり合わせてあるので、自宅からアクセスしていることを疑うものは誰もいないはずだ。しかもこの様子は議事録がわりに録画まで残されるのだから。

 もちろん刑事には録画のことなど話したりしない。こういう時には完璧なアリバイを主張するよりも、曖昧な方がよいのである。

 あとで刑事が裏取りをしたときに、ああそう言えば・・・・・・と、誰かが録画を見せればそれだけで捜査員はわたしを容疑者から除外してくれるはずなのだ。


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「どうも何かが引っ掛かるな」サボテンのような頭のやぶ刑事は同僚に話しかけた。「被害者はなぜ密室で死んでいたのだろう」

「そうですね。藪さん、これやっぱり自殺じゃないですか?どこからも侵入経路がみつかりませんでしたよ」


 菜美恵はマンション7階の自宅で胸にナイフが刺さったままソファーの上で死んでいた。ドアは内側からロックされていたし、窓も全て施錠されていた。娘はちょうどお泊り学習をしていて不在であったため、第一発見者は夜遅くに帰宅した夫である。


「藪さん、なにが引っ掛かっているんですか」

「エアコンの温度だよ。40度に設定してあっただろう」

「まだ3月ですからね。寒い日もありますし、普通じゃないですか。それとも真冬からそのまま使っていなかったとか」

「もう一度さっきの動画をみせてくれ」

「ええ?これでもう5回目ですよ」


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「向島亜沙子さん。何度もすみません。実はですね、確認したいことがありまして」

「なんでしょう」

「あなた、3月9日の午前9時から11時の間、どこにいらっしゃいましたか」

 ほら、とうとう来たか。亜沙子は心の中でほくそ笑んだ。

「ううん、ちょっと待って・・・・・・スケジュールを確認してみるから」

 亜沙子はスマートフォンのスケジュールアプリを起動した。

「ええと・・・・・・その時間ならPTAの会議をやっていたわね」

「会場で?」

「いいえ自宅ですけど。ほら、今どきはパソコン画面で会議をしますのよ。ご存じでしょう」

「ええ、動画を見せていただきました」

「あら、ご存じだったの?刑事さんもお人が悪い」

「はい、そこなんですよ問題は。先日あなたにお会いしたときにはサボテンの花が咲いていたのに、なんど動画を見直してもサボテンに花が咲いていないんですよ。つぼみすら芽吹いていない。おかしいでしょう」

 亜沙子の顔面は蒼白になってしまった。

「菜美恵さんは本当に優しい方ですね。ナイフで刺されたあとにドアをロックして、エアコンで部屋の温度を上げ、2時間後にスイッチが切れるようにタイマーを掛けたのです」

「なんのために?」

「死亡時刻を遅らせるためですよ。腸内温度が下がる時間が遅くなりますからね。菜美恵さんもご自分の娘さんがあなたの娘さんをいじめていたのを苦にしていたのでしょうな」


 亜沙子はいろいろなものを一瞬にして失ってしまった。そのうちのひとつが菜美恵という“親友”だということを、たった今知ったのだった。

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