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それでも家政婦は見た

「家政婦紹介所から派遣されてまいりました大信田政子と申します」

 わたしは、とあるお屋敷に家政婦として雇われることになった。そこは戦後に立てられた大きな洋館で、昔は貴族が住んでいたのだそうだ。ただ驚いたことに、ここの住人が女性の独り住まいだということだった。

「十文字峰子です。あら、かわいい家政婦さんですこと。おいくつですの?」

 わたしと同じぐらいの年齢だろうか。巻き毛のモデルのような女性だった。

「今年で二十歳になります」

「そう。若い方でよかったわ。気が合いそうよ。よかったらお友達になりましょう。政まささんと呼んでいいかしら」

「そんな、お友達なんてめっそうもありません。なんでも言いつけてください」

「わかったわ。とりあえず政さん、お掃除をお願いできるかしら」

「かしこまりました」

「あ、階段をあがった突き当りの部屋はお掃除しなくて結構ですから」

「はい。なぜでしょうか?」

「開あかずのなのよ」


 最初から違和感はあった。この広いお屋敷に、なぜあんな若い女性がひとりで暮らしているのだろうか。ほかの家族はどこに行ってしまったのか。彼女はなにをして生計を立てているのだろうか。

 居間に写真が飾ってあった。家族の集合写真のようである。彼女の亭主らしき男性が写っている。そして義理の両親が両側に並んでいる。でもあの女主人はどこにも写っていなかった。子供の写真がないということは、子宝には恵まれなかったに違いない。

 洋館の玄関から入り口にかけて、洋風の庭園が広がっていた。薔薇園と呼んでもよさそうなぐらい、綺麗に薔薇の花が咲き誇っていた。

「政さん。お茶にしない?」

 わたしは庭のティーテーブルに紅茶をセットした。

「お座りになって」

「いえ、わたしは」

「だいじょうぶよ。紹介所には内緒にしておくから。独りのティータイムは味気ないわ」

「そうですか。それではお言葉に甘えて」

 わたしはぎこちなくなるのを抑え、かと言って馴れ馴れしくならないように努めた。紅茶は高級品なのだろう。アールグレイの香りと味がすごく良かった。

「素晴らしいお庭ですね。薔薇がとっても綺麗」

「義母が喜ぶわ。この薔薇はね、義母が育てていたんですよ」

「お義母さまはどちらに?」

 わたしはさり気なく質問してみた。

「義母も義父も亡くなりましたわ。そうは言っても夫の両親ですけどね。義母は自分が亡くなったらあの赤い薔薇の下に埋めて欲しいって言っていたわね。義父は黄色い薔薇の方」

「あの、ご主人様は」

「あの人は仕事で海外よ。ほとんど日本にいないの。あ、夫は白い薔薇が好きだったわ」

 わたしは薔薇の咲き誇る庭を見回した。ずっと誰かに見られているような気がしていたからだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 翌日わたしは出勤前に、初日の報告をするために家政婦紹介所に立ち寄った。

「どうだった?」

 所長の佐々木和子がデスクから顔を上げた。

「広いお屋敷に若い女性がおひとりで、大変そうです。お話相手も欲しかったみたいで・・・・・・」

「若い女性?お嫁さんが海外から帰ってらしたのかしら」

「え?」

「たしか依頼人は中年の女性のはずよ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「武、どう思う」

 わたしはボーイフレンドで探偵の武に連絡をした。

「それって、かなりやばいんじゃない?」

「武もやっぱりそう思う?わたし気になってそれとなく近所の人とお話しをしてみたんだけど、前の住人は姿を消して、最近ミイラみたいな女の人が家の中を歩いているのを見たって言うのよ」

「まるでスリラー映画みたいだな。状況から考えて、犯罪の臭いがプンプンするね。遺産目当ての成りすまし殺人とか」

「どうしたらいい?」

「証拠もなしに騒ぎ立てるのは得策じゃない。今晩セキュリティを解除してくれたら、夜中に庭を掘り返してみるけど」

「お願いできる」

「いいよ。住居侵入罪で訴えられないように祈るよ。今度晩飯おごれよな」

「分かってるわよ。でも気をつけて」

「時間との勝負になりそうだ。同僚を二人連れて行くよ」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その夜、武と助手の二人とわたしは懐中電灯とスコップを持って、洋館の庭園に忍び込んだ。

 薔薇の色に分かれて、その下の土を同時に掘り返す。わたしは後ろから懐中電灯の光を当てて、何かあったらすぐに警察に連絡できるように準備をしていた。

 数分後、赤い薔薇を掘っていた武が何かをみつけた。

「おい政子。ちょっと光を当ててくれ」

 それは卵型をした白い物体だった。頭蓋骨?

 その時庭の街灯が一斉に点灯した。

「!」

 門にタクシーが停車して、中から3人の人影が降りて来た。玄関が開いてあの女主人が現れた。

「お帰りなさい。早かったのね」

「ただいま母さん。夜の最終便だからね。ところでこんな夜中に庭でなにをやってるの?あ、それ捜してたタイムカプセルじゃないか。君たちが見つけてくれたの。それにしても何で夜中に?」

 わたしたち四人は何も言えずに直立不動しているしかなかった。

「政さん。紹介するわ。わたしの亭主と息子夫婦よ」

「え?ご亭主って」

「三人はひと月のアメリカ旅行に行っていたのよ。あたしは飛行機嫌いだからひとりでお留守番してたってわけ」

「それにしても母さん・・・・・・その間に美容整形するとは聞いてたけど、ちょっと若返り過ぎじゃないか」息子が言う。

「すごい。まるで二十歳かそこらにしか見えない」息子の奥さんが感嘆の声を上げた。

「それにしても何でこんな夜中に庭なんて掘り返してたんだね?」峰子の亭主が言う。

「みんなが帰ってくるまで暇だから、タイムカプセルを捜してもらおうと一芝居打ってみたのよ。ちょっとやりすぎちゃったかしら。政さんごめんなさいね。わたし、サスペンスドラマ大好きなのよね」

「お、お役に立ててなによりです。そのタイムカプセルって、いったい何が入っているんですか?」

「開かずの間の鍵なのよ」

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