一葉のハガキが届いた。文面を読むと、それは招待状であった。
“ご当選おめでとうございます。
3月15日の『靴の日』にちなみ、協会がランダムに選定した皆様に、一生に一度のプレゼントを致します。是非下記の住所にお足をお運びください。日本一のシューフィッターが、あなたの足のサイズおよび形、歩くときの癖、歩幅などを考慮して、この世であなたに最も適した靴をご提供させていただきます。
尚、商品の売込などは一切ございませんので、ご安心下さいませ。 日本シューフィット普及協会”
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二週間前、海辺の別荘で殺人事件が起きた。
殺されたのは、別荘の主で、不動産会社の社長であった。しかし犯人の手がかりはごく僅わずかな証拠しか残されていなかった。
浜辺に犯人のものと思われる裸足の足跡が、海に向かってつづいていたのだ。もちろんそれとて指紋が採取できるわけでもなく、足の形とサイズがわかるぐらいのものにすぎなかった。
「どうだ草刈。容疑者は絞り込めそうか」と、警部が部下の刑事にきいた。
「厳しいですね。この被害者ガイシャ、人から恨まれるために生まれてきたのじゃないかと思ってしまいますよ」
草刈と呼ばれた刑事は手帳をひろげると、箇条書きにした被害者の情報を確認しはじめた。
「仕事関係はどうだ」
「この被害者は、悪徳商法で金をたんまり貯めこんでいました。さらにライバル会社を次々と倒産に追い込み、そこの社長の何人かは自分で命を絶っています」
「なるほど、それで社内の評判はどうだ」
「すこぶる良くないです。ワンマン経営でパワハラとモラハラを絵に描いたような社長です。さらに常習的に女性社員へのセクハラを繰り返していた形跡もあります。精神を病む社員も続出し、現在も訴訟をいくつか抱えていたようです」
「ううむ、それは酷いな。それじゃあ家庭内はどうなんだ」
「家庭内暴力、いわゆるDVで5回も離婚しています。現在の妻は六人目で、遺産目当てと考えて間違いありませんね。それになんと強姦まがいの行為で、外に子供が2人いるとの噂があります」
「なるほどね、それで社会人になる前はどうだったんだ」
「それが、学生時代の同窓生の証言では、強い者には弱く、弱いものには徹底的にいじめを繰り返していたといいます。今でも恨んでいる者が大勢いるとのことでした」
「まいったな」警部は頭を抱えた。「殺人動機のオンパレードじゃないか」
「ん、これは・・・・・・どうかな」鑑識官の田辺が首をかしげる。
「なにか手がありますか」草薙が田辺に尋ねる。
「いや、やってみる価値はあるかもしれませんが・・・・・・」
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曽田はハガキを携え、指定されたビルにやって来た。
「あの、家にこれが届いたのですが」
受付には男性がひとり座っていた。
「はい、ようこそいらっしゃいました。どうぞこちらへ」
通されたのは大きな会議室のような部屋だった。三つ揃えのスーツの上着を脱いだような人たちが、しゃがんで椅子に腰かけた大勢の人たちの足を採寸していた。
「へえ、こんなに大勢いるんだ」
「はい、おかげ様で大盛況です。こちらにお掛けください」
曽田は言われるままに、シューフィッターに両足をあずけた。
「でも、本当に無料だなんて信じられないな。あとで何かあるんじゃないんですか?」
シューフィッターは微笑むだけで、黙々と作業を進めていたが数分後、後ろに振り返るとおもむろに手を挙げた。奥から男たちが数人現れて、曽田の周りを取り囲んだ。
「?」曽田が怪訝な顔を上げた。
そのうちのひとりが曽田の面前に警察手帳を提示して言った。
「曽田政木さんですね。署までご同行願いたいのですが」
「なんですか」
「人間というのはね、左右の足のサイズが多少違うのが普通なのです。日本人では左右が1cmも違う人が6%もいるのだそうです」
「はあ?」
「でもね・・・・・・左右の足のサイズがピッタリ同じ人間は、確率にすると0.125%。800人に1人しかいないのです。ちょうどあなたのようにね」