目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

京王線ABC殺人事件

「探偵の保住先生はいらっしゃいますか」

 ぼくが植木に水をやっていると、新宿署の田辺警部がやってきた。

「どうしました?」

 ぼくは警部にソファーをすすめてコーヒーの準備をはじめた。

「いやお構いなく」

「いえ、ぼくが飲みたいのです。田辺警部はついでです」

「ああそうですか。それなら遠慮なく」

 ぼくは挽いた豆をサイフォンに入れ、アルコールランプに火を点けた。しばらくすると、温度の上がったお湯が、サイフォンの下から上層部へと吹き上がって来た。コーヒーの良い香りが辺りに漂い始める。

「先日曙橋駅で起きた転落事件はご存じですか」と、田辺警部が尋ねてきた。

 ぼくはお湯が上がり切ったところでサイフォンを火からはずした。

「京王線の・・・・・・新聞で読みましたけど、あれは事故ではなかったのですか」

「実は今日、分倍河原ぶばいがわら駅で殺人事件が起きたのです。ラッシュ時にナイフで背中をひと突き」

「ほう」

 ぼくは二人分のコーヒーをカップに注ぎ、そのうちのひとつを田辺警部の前に置いた。

「ありがとうございます。それで、被害者のコートのポケットから、京王線の路線図と殺人予告が見つかったのです」

「殺人予告が・・・・・・」

「そうなのです。被害者の名前は馬場英司といいます。イニシャルはBです。分倍河原駅のイニシャルもB」田辺警部はコーヒーをひと口すする。「それで曙橋駅・・・つまりイニシャルAの駅で亡くなったのが安西かおる。イニシャルAです」

「なるほど」ぼくは興味をそそられ、コーヒーカップをソーサーに戻した。「そうしますと、その予告状の内容は、次はイニシャルCの駅に気をつけろ・・・・・・とかですか」

「その通り。さすが話が早い。これはアガサクリスティーの『ABC殺人事件』の模倣犯ではないかと警察では見ているのですが」

「その可能性はありますね。世間をあっと言わせたいというのが犯人の狙いになりますか」

「警察としては、第三の殺人をなんとか食い止めたいと思っております」

「京王線でイニシャルCの駅といえば・・・・・・調布駅と千歳烏山ちとせからすやま駅ですね」

「はい。さきほど駅の警備を増員したところです」

「マスコミに発表したらいかがですか。“イニシャルCの方はお気をつけください”」

「それでもしまた殺人が起きてしまったら、警察のメンツが丸つぶれになってしまいます」

「それでぼくのところに来たというわけですか」

「どうでしょう・・・・・・」

 ぼくは肩をすくめた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 翌朝ぼくは調布駅に向かった。予告通り殺人が行われるとしたならば、千歳烏山駅よりも圧倒的に乗降者数の多い調布駅の方が可能性が高いと踏んだからだ。ところがラッシュアワー時の調布駅の雑踏は想像を超えていた。警察官の姿があちらこちらに見え隠れはしているものの、抑止効果が期待できるかと言えば疑わしい。


 そんな生活を3日も続けた頃である。ぼくの携帯電話が鳴った。

「先生、大変です。千歳烏山で殺人です」

「事故ではなくてですか」

「いえ。列車に轢ひかれたのですが、その前に被害者が『やめろ、押すな!』と大声で叫んでいる声を周辺の乗客が耳にしています」

「被害者の名前は?」

「今確認中です。ですが・・・・・・」

「ですが?」

「ご遺体の傍らから、京王線の路線図と次はDの駅に気をつけろというメモ書きが発見されました」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 結局亡くなったのは千明とおる45歳。イニシャルCだった。時計の修理を請け負う中小企業の経営者ということだ。駅の防犯カメラの映像解析では、犯人らしき人間を特定するには至らなかった。

「京王線でD駅といえば、代田橋だいたばし駅だけだ。保住先生、どうしたらいいと思いますか」

 ぼくは腕組をして言った。

「封鎖ですね」

「封鎖。それはどうでしょう。公共の交通機関をいつ何時なんどき起きるかわからない殺人のために封鎖するというのは・・・・・・」

「いいえ。今日半日だけでもいいです」

「何をするのです?」

「探すんですよ」

「何を」

 ぼくはウインクした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その後手製の時限爆弾が発見されたのは、代田橋駅を封鎖して4時間後のことであった。

「保住先生。どうして代田橋駅に爆弾が仕掛けられていると分かったんですか」と、田辺警部は訊いた。

「最初の曙橋駅の事件に予告状がなかったのはなぜでしょう」

「そういえばありませんでしたな」

「犯人はその新聞記事を読んで計画を思いついたのじゃないでしょうか。それは偶然でした。曙橋駅の安西さん。どちらもイニシャルA。そして自分の名前と最寄り駅がイニシャルC。これだけで彼は思い立ったのです。イニシャルBをB駅で殺害しようと」

「おっしゃっている意味がよくわかりませんが・・・」

「つまり犯人は千歳烏山駅で亡くなった千明とおるです」

「なんですって。彼も被害者のひとりじゃありませんか」

「まず整理しましょう。曙橋駅の安西さんは実は単なる事故。分倍河原駅で殺害された馬場さんは千明と何かの形で面識があったか、電話帳か何かで調べたのでしょう。そしてあたかも連続殺人の被害者を装って千歳烏山駅で千明は飛び込み自殺を図ったのです」

「いったい目的は何ですか」

「保険金で借金を返済するため。自殺だと簡単に保険金が出ませんからね」

「連続殺人事件に見せ掛けるために、2番目の馬場さんは殺害されたということなのですか」

「そうなりますね。お気の毒に」

「信じられない。確かに千明は会社経営で多額の負債を抱えて行き詰まっていたそうですが。では代田橋駅の時限爆弾は」

「連続殺人犯がまだこの世にいると思わせたかったのでしょう。偶然イニシャルDの人間が亡くなればいいですが、だいたいD駅で失敗する。そこで連続殺人はこの世から消えてなくなる。まあ、どっちにしてもイニシャルはFで終わっていたでしょうけどね」

「F・・・・・・」

「府中駅と船橋駅です。京王線にはFの次に来るGがつく駅がないんですよ」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?