「もうこんな時間ですね。そろそろ出ます?」
「そうですね」
終始なごやかな雰囲気で盛り上がり、すでに彼らが入店してから二時間をこえていた。
まだまだふたりは話し足りなかった。
でも、
(この出会いと関係を大切に思えばこそ、今日はここぐらいで締めるのがちょうどイイのだろう)
とナゴムは考えた。
「あ〜満足!楽しかった!」
より、
「まだ足りない!もっとこのヒトと話したい!」
で終わっておいたほうが次につながるのだ!と。
山田ナゴムは、駅まで糸緒莉を送って行ったらすんなり解散するつもりで店を出た。
「あの、糸緒莉さん」
「なんですか?」
「よろしければ、またご飯いきましょう!」
「はい。是非是非」
糸緒莉はおだやかにニッコリ笑った。
駅への道を歩きながら、山田ナゴムの目には、その笑顔がどんな街のライトよりもまぶしく輝いて映った。
彼は心の中で、
(ヨッシャー!)
ガッツポーズを決める。
「じゃあ、来週か再来週あたりのどこかでどうでしょう?」
「いいですよ。でも来週にならないとスケジュールがハッキリとわからないので、わかり次第また連絡しますね」
「は、はい!お待ちしてます」
と言いながら、彼は心の中で、
(ああくそ!今日中に決めちゃいたかった!でも仕方ない!)
くやしさに拳を握りしめた。
その時である。
「お、おい?」
「えっ?やだ、なんかあれ、ヤバくない?」
「だいじょうぶなのか?」
周囲の通行人たちが何かに対してザワつきはじめた。
「なにかあったんですかね?」
「さあ?」
ナゴムと糸緒莉は振り向いて、ザワめく人々の視線の先に目をやった。
すると、
「なんだあれ?飲酒運転か?」
「それとも居眠り運転?」
彼らの歩く歩道から数十メートル先にある車道を、軽トラックがこちらに向かってフラフラと不安定に蛇行しながら走ってきていた。
「......!」
ふたりは危険な軽トラックから目を離せずに立ち止まる。
数秒後。
いきなり軽トラックは、ブオォォン!と急速なスピードで、歩道に向かって鋭角に突っ込んだ!
アクセルとブレーキを踏み間違えたのか?
そう思わせるような異様な突進!
「うわぁ!!
「きゃあ!!」
人の多い週末の街路にひびく悲鳴。
ドガンッ!
軽トラックは勢いよくガードレールに突き刺さった。
が、歩道をゆく人々までは至っていない。
どうやら惨事は免れたようだ。
と思いきや......
ブオォォン!
軽トラックは狂気の様相でさらにアクセルをふかした。
すると......
そんな動きありえるのか??
軽トラックは、物理的に不自然なレベルで、後ろがわの車体をフワッと浮かせてそのままグルンと前方回転すると、上から歩道に向かって雪崩れていった!
「あ、いやっ......!」
運悪く、ピンポイントに落下点にいる女性ひとり。
いや、よく見れば、彼女は制服を着た娘をひとり連れている。
週末の夜、母娘みずいらずでディナーを楽しんだ帰りだろうか。
このままでは、どちらも無事では済まないことになる。
辺り一帯の人間すべてが、
(もうダメだ......!)
思った数秒前......。
ひとりのスーツを着たサラリーマンの青年が、動きだしていた。
(間に合うか?わからない。
いや、考えてるヒマはない。
すぐに飛びだせ!
あのヒトたちを助けないと!)
彼はミサイルのような勢いで飛びだした。
疾風のごとく、風を切って。
その姿は、もはやサラリーマンの青年の姿ではない。
黒いツバサを背中に生やし、赤ら顔に棒のような鼻を伸ばした......
天狗の妖の姿!
彼の名は、山田ナゴム。
今年で社会人三年目の、サラリーマンである!
「いやぁ!!」
女性は娘に覆いかぶさるようにうずくまる。
母娘にむかい暴走回転した軽トラックが無遠慮に落下しようとしている。
この時、周囲の人々の耳に、
シュィィィィン
なにかがとてつもない疾さで翔けぬける音が響く。
「えっ??」
次の瞬間、軽トラックの落下点には消えたように誰もいなくなっていた。
あの母娘はどこへ?
「......あっ!」
彼女らは、天狗に抱きかかえられて十メートルほど移動していた。
天狗は二人をそっと地面におろすと、すぐにパッと振りかえった。
「車は!?て、音がしない?」
軽トラックは、逆さまになって歩道に着地していた。
だが、おかしい。
まるで誰かにそ〜っと置かれでもしたように、静かにその状態となったようである。
「どういうことなんだ......ん?あれは...!」
天狗になったナゴムは軽トラックを凝視すると、なにか細い強力な糸のようなモノが、車とそのまわりに貼りつき、張りめぐらされているのを確認した。
「あ、あれって......」
その糸のようなモノはなんなのか?
ナゴムは糸の出どころをたどっていくと......
「えっ??糸緒莉さん??」
なんと、それは雲ヶ畑糸緒莉の両の手から放たれていた。
「なんとか惨事を防げて良かった......て、山田くん!」
その糸の正体は......
女郎蜘蛛の糸だった!
実は、雲ヶ畑糸緒莉も、妖だったのである。
彼女は、女郎蜘蛛の妖だった!
ナゴムと糸緒莉は、互いに唖然としていた。
が、すぐにふたりはワナワナとして口をひらく。
「...糸緒莉さんって、あやかしなの!?」
「...山田くんって、あやかしなの!?」
その時、ウゥーというサイレンの音とともに、パトカーが迫ってきていた。