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第25話

「わたくしも、違和感を感じておりました。以前お会いした時に比べて、態度があまりに変わっておりましたから」

「やっぱりそうなんだ」

「ええ。どちらかといえばシュバイン様のおっしゃった民と交流した際の態度が普通かと」

「……王族だからあのような態度をとっていたのはわかるけど……なんで急に態度を」

「詳しくは存じ上げておりませんわ。お父様に事情を聞くしか」

「……そうだね」


 夕食後、シュバインとイザベルはストリクトの元へ移動していた。

 移動中も事前の話を合わせているうちに、ハルトの言動について話したが、イザベルも違和感を覚えていたらしい。

 シュバインの予測通り元は敬語の話し方が素であった。


「考えすぎても仕方ありませんわ。あまり、先入観を持つのも良くないと思いますし」

「……そうだね」


 話すうちに、ストリクトの泊まる部屋に到着、ノックを3回し、入室した。  


「夜分遅くにすまなかったな。手短に話す」   


 入るとすでに準備を済ませたストリクトが待機していた。テーブルにはお茶と軽い茶菓子が用意されていた。

 シュバインとイザベルはテーブルを挟み、着席をした。








「まずは深い事情も話さず、お連れしたことに謝罪をさせてほしい」

「公爵様、頭を上げてください」


 開口一番にストリクトは謝罪し、シュバインは慌てて止めた。


「まずは、詳しいお話をお聞かせ願えますか?」


 シュバインは話を切り出し、ストリクトは語り始めた。


「……ハルト様は今の現状に困惑している。自分がどんな姿で、どうあらなければならないのか。もともと、王位を継ぐことはなく、リヒト殿下が王位を継いだのち、公爵の爵位を賜ることになっていた。だが、状況が変わり、王位を告げと突然言われた……幼いハルト様には酷なことだろうーー」


 ハルト=シュタールブルクは心優しい王子であったが、リヒトの失踪により繰り上げで王位を継ぐことに。若干10歳の少年には荷が重い出来事だった。

 もともと、国王イディオにより、王位継承で争いごとが起こらないよう配慮し、リヒトに王位継承させるため、高度な教育はハルトには施されなかった。

 差別化されていたのだ。


 また、イディオはリヒトを寵愛しており、ハルトの王宮内でも立ち位置は微妙であった。


 ハルトは幼少期より、周りからは冷遇されていたのだ。


 そんな環境で育ったことで、ハルトは早熟した。自分の立場を理解し、周りの大人が望む言動をとった。

 大人に望まれたはずの生活をしていたのに、現状が変わったから王位を継ぐことになった。


 シュバインは事情を聞き、今日1日をハルトと共に過ごし、気になったことは。


「今日一日過ごしただけですが、違和感は覚えましたね。なんと言うか……焦っているように見えました」


 シュバインがハルト言動を見て思ったことはそれだった。

 険しい姿での動揺。無理をして完璧を演じる姿がおかしいと。

 シュバインの見解にストリクトは頷く。


「ハルト様は誰もが認める国王にならなければいけない。王族の責務を果たさねばならないと思っている」

「……気がついているのでしたら、お父様から伝えることはしなかったのですか?」

「何度も伝えている。その場では首を縦に振るが気がつけば徹夜をしている。……私では役不足だ」


 イザベルが聞いたことはストリクトが最も頭を悩ませていることだった。


「ハルト様がこのまま同じように過ごされたら、本末転倒だ。まだ幼い体にムチを入れている。最近は体調が崩れることも珍しくない」


 ストリクトの言葉を聞き、シュバインとイザベルは同意する。

 先ほど、シュバインはハルトから頼み事をされた。作物に関する書物が読みたいと言われ図書室を貸した。 

 明日必要な知識を予習している。だが、今日一日中歩いたため、表情に疲れが見えていた。

 その場で止めることはしなかったが、ストリクトの話を聞き、シュバインはこう結論づけた。


 ハルトは完璧を国王になることに強いこだわりを持っていると。


 王族として、舐められないように初対面のような高圧的な言動をした。

 畑に関しての知識を得るのは、事前に知識全て網羅することで自分を完璧超人に見せようとする。


 シュバインの推測でしかない。

 だが、ハルトは秀才である。子供らしくない態度は生まれ育った環境とハルト自身の努力の積み重ねで培ったものなのだろう。

 そのために、何かを削って努力をしている。


ーー殿下の民と接する態度は自然体だったような。


 ハルトは初対面にも関わらず、民と溶け込むのが早かった。

 コミュニケーションの天才であったなら、できたかもしれないが、あまりに自然すぎて驚きを隠せないでいた。

 シュバインはストリクトに問うた。


「公爵様、実は今日殿下が民と良好な関係を気づいたことが気になりました。今も、平民と貴族の隔たりは未だ残っていますし、殿下が不自然なく接することができた理由をご存知ですか?」


 改善をされつつあるといえ、立場の隔たりは根強い。

 全員ではないが、貴族は平民を見下す風潮は残っている。

 だから、平民と距離感を近く接する機会は少ない。特に王族だから、尚更違和感なく接するのは難しいだろう。


「平民を装い、何度か城下町を出歩いていたことがあった」

「なるほど。そんなことが」


 ここまで聞いて、シュバインはハルトの言動に納得いった。


ーーイザベルの件もあったし、つまりそういうことなんだろうな。


 ストリクトがハルトを連れてリーヴ男爵領に連れてきた理由。

 ハルトを変えてくれと言われるのだろうなの察した。


ーー公爵様は、何故僕をここまで信用を。


 そこが疑問だった。

 自分はただの田舎領主で何かに秀でた分野もない。

 シュバインは確認する。


「……大まかな訳は分かりましたが。僕はしがない男爵です。殿下にできることはないかと」

「察しが良くて助かる。理由は簡単だ」


 自潮気味に言ったが、本当にその通りなのだ。何を根拠にお願いされたのかわからない。

 何故ここまで信用されているかも疑問だ。


「ハルト様がリーヴ男爵領に来たのはシュバインという人間に興味を持った」

「僕に……ですか?」

「ああ。リーヴ男爵領のここ数年の報告書と数値がずば抜けていた」


 王宮の資料室には各領の報告書や収支報告書も全て揃っている。

 王国でここ数年で唯一急成長をしたのはリーヴ男爵領だけであった。


「ハルト様はお前についつい私に問うてきた。だが、私はハルト様に知りたければご自分の目で確かめるように言った」


 ストリクトは良い刺激にハルトのなるのではと思った。実際にシュバインという人間に触れることで変わるのではないかと。

 ストリクトはハルトの行末に危機感を持っていた。だから、ストリクト自身が言葉で伝えてもダメならば、実際に関わることで価値観は変わると淡い期待をして。

 ストリクトはその期待を寄せるだけの信頼をシュバインに寄せていた。


「ハルト様と話だけでもしてもらえないだろうか?……私は少なくともお前がハルト様に与える影響は大きいと思う」

「そ、それは荷が重いといいますか。一男爵の僕にできることなんてーー」

「少なくとも、私はお前に救われた。……お前がいなければ今、こうして娘と茶を飲むこともできなかっただろう」


 ストリクトはシュバインの隣に座るイザベルを一眼微笑みお茶を含む。

 茶を置いたストリクトは座ったままゆっくりと頭を下げる。


「巻き込んですまないと思っているし、私たち大人のせいでハルト様の人生は振り回されている。その一人である私もこれを言う資格はないだろう。だが、私は犯した罪を残りの人生をかけてハルト様に償いたい。だが、信頼もない私には何もできない。……無礼は気にしなくていい。重く受け止めなくていい。ハルト様と話し、思ったこと、感じたまま伝えるだけでいい。一度寄り添って断れればそれでいい」


 頭を下げたストリクトにシュバインは目を見開く。だが、特に何も言うことなく。


「……僕なりにできることはやってみます」


 シュバインは答えを濁す。悩んでいる一国の王族にただの下級貴族の男爵に何ができるのやら。

 断ることもできた。無理だと言えばストリクトは引いただろう。

 だが、自分のできる最善は尽くしたいと思った。ハルトのことを放っておくことができないと言うお人よしの部分もあるが、一番はストリクトの期待に応えたいと思ったから。


 シュバインはストリクトに返せないほどの恩がある。

 その恩に報いたいと思った。

 だけど、その前に自分も一つだけお節介を焼くことにする。


「公爵様も思い詰めすぎですよ。そもそも、信頼してなかったら殿下はこんな何もない田舎に一緒に来ようなんて思わなかったはずですし」


 信頼してなければ、来なかった。

 ハルト自身、ストリクトから直接確かめた方が良いと言う言葉を聞いてここに来ることを決めた。

 それだけ、ハルトにとってストリクトはかけがえの無い存在になっているのだろう。 


「期待はしないでくださいね。僕なりの方法で一度だけアプローチしてみます」

「……ありがとう」


 シュバインはストリクトと関わってここまで弱気な姿は見たことがない。それだけ追い込まれていたのだろう。

 だから、できることはすると決めた。

 ストリクトは最後深く頷く。

 どこか安心したようだった。







 話は終わり、シュバインとイザベルは退室したのだった。


 イザベルを寝室に送り、シュバインは自室に戻ろうと廊下を歩く。


「……あれ?」


 ふと、グレイとメアリが自分の自室の扉の近くで待機をしていた。


「……どうしたんだい?」


 シュバインは小声で聞く。


「……見回りで電気が付いているので気になったのです。殿下がまだ本を読んでおりまして」


 詳細を聞くと、見回りで気がついたらメアリがグレイに相談した。

 自分ではどうにかできないため、シュバインに指示を仰ぐようにしたらしい。


「……なるほど」


 机の上の山積みにされた本に囲まれた本を読むハルトの姿があり、時折、ウトウト眠そうに小舟漕ぐ様子が見られていたと。


「旦那様、どうされますか?」

「殿下のことが心配でして」


 グレイ、メアリは心配そうにシュバインに聞く。

 シュバインは少し思考を巡らせる。

 先ほどストリクトと話したばかり、出来ることはすると約束した。


ーー殿下がどこまで僕に話してみるかわからないけど……。


 目を瞑り、大きく深呼吸をした。


「僕が深夜に飲んでるハーブティでお茶を用意してくれるかい?お菓子は僕が用意するから」

「……どうされるのですか?」

「なに、心配することないさ。少し話をするだけだよ」


 二人にそう伝え、シュバインはハルトのいる図書室に向かった。

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