「旦那様、朝早くから申し訳ございません」
「いや、気にしないでくだ……気にすることはないさ。視察に予定だったので」
「旦那様、話がおかしいですよ?何かございましたか?」
「な、なんでもない。……あ、あの。本当に不敬にならないんですよね」
「初めからそう言っているではありませんか。今の僕は従者見習い。こき使ってください」
「……はい」
ぎこちないやりとりしているのはシュバインとハルトである。
ハルトはシュバインの後ろに控え、服装は執事服に身を包んでいた。
今の二人は主人と従者見習い……ということになっている。
この、王族と男爵の立場が逆転してしまっている状況はストリクトの意向である。
ストリクトたちが到着した次の日、早朝から呼び出されたシュバインはハルトから頼み事をされた。
「リーヴ男爵。すまないが、村を案内してもらえないだろうか?もちろん二人で。ここへ来る時、繁栄している村や作物が生い茂る畑が気になってな」
そう頼まれ、断るわけにもいかず了承した。だが、そこに待ったをかけたのがストリクトだった。
「ハルト様はどのような服装で行かれるおつもりですか?」
ハルトは王侯貴族の正装で行くつもりだったが、ストリクトがそれを阻止。
「民にいらぬ緊張を与えてしまうでしょう。なので、これに着替えていってください」
そして、渡された服は少し薄生地で作られた執事服。夏に着るものだった。
何故執事服を?と疑問を持ったシュバインだったが、ストリクトの提案を聞き驚いてしまい、聞きそびれた。
「お二人で行かれるのでしたら、ハルト様はこれから執事見習いとして、勉強も兼ねてシュバインと共に視察の同行をしている、ということにしましょう」
そんな提案をされて断ろうとしたが、何故かハルトはやる気になってしまったので断ることもできず、流れのまま村へ視察を向かうことになったのだった。
「……ああ、こうなったらやけだ!ハルトくん!無茶はしてはダメだよ。これだけは守るように!」
「承知しました。旦那様、よろしくお願いします」
「あと、後で不敬と言わないでね!」
「言動が伴ってませんよ男爵」
もうこうなったらやけだ。どうなっても知らない!とシュバインは割り切り、視察の案内を始めたのだったが、ハルトは呆れていたが。
だが、シュバインは胃をキリキリと痛めながらも案内をすることになる。
まず初めにシュバインたちは向かったのは露店が多く並ぶ村の中心であった。
「あら、可愛い執事さんね!これ、食べて出来立てよ!」
「ありがとうございます。お姉さん!」
「あら……もう!口が上手いんだから?!」
「え?僕は本心を言っただけなのですが?」
「もう!いいこ!領主様、この子新人くんかい?将来大物になるよ!これも……これも!あげるわ!」
「ちょ、あまり」
まず初めに、串焼きのお店に立ち寄ったのだが、子供を見た瞬間店主の奥さんが近づいてきて、一本の串焼きを渡した。
おべっかをハルトが言ったため、嬉しくなった奥さんがハルトの頭をガシガシと撫で、さらに串焼きを渡した。
ーーいや、その子次期国王です。
と内心突っ込みながら強く頭を撫でられる様子を慌てた。
「もう!やめてくださいよ!」
だが、嬉しそうに接しているハルトを見て安堵したのだった。
それだけでは終わらない。リーヴ男爵領の民たちは子供に優しいのだ。
二人は他にも色々と声をかけられた。街を歩くと、野菜チップスの店主から声をかけられる
「おう!なんだ?もう子供携えたのか領主様!やることやってんだな!」
「違うよ!執事の見習い!少しうちの屋敷で研修してるだけ!」
「お確かに産むにしては早いよな。おう、詫びにこれやるよ!子供は食ってなんぼだ!」
「あ、ありがとう。後で食べるよ」
お昼を食べに行った料理亭の女将さんにハルトが絡まれた。
「なんだいこの可愛い子供は?!おまえさん何歳だい?」
「……もうすぐ10歳ですが」
「成人になってもないのに、今から働くなんて偉いねぇ!うちの子も見習ってほしいよ。だけど、あんた少し痩せてないかい?栄養いいもん食べないとね!」
女将はハルトの両手を両肩にペタペタと触り、目を細めて凝視する。
「今日は好きなの食べていきな!私の奢りだよ!領主様にはいつも世話になってるからね!」
「あ、ありがとうございます」
一瞬戸惑いながらもハルトは返事をした。
ハルトは店一番人気メニュー、リーヴ男爵で収穫した特製野菜シチューを食べた。
「う、美味すぎますよ!」
「あら、どんどん食べな!子供は食べて大きくならなきゃね!」
「はい!」
ハルトは戸惑うどころか、村の人たちとどんどん仲良くなっていった。
その日は無事に視察は終わることができたのだった。
「今日は楽しかったな」
「そう……ですね」
帰り道、夕暮れが照らす街道を歩く二人。
ハルトは嬉しそうに口角が上がる。
「ハルト様は……」
「……何かな?」
「いや、なんでもありません」
だが、シュバインは今日の姿を見て、一つの疑問ができたが、確信が持てないため、口に出そうとした言葉を止める。
その言動にハルトの表情が曇る。
「……私に至らぬ点があったか?。民とは完璧に交流できたと思ったが。至らぬ点があるなら指摘してほしい」
ハルトは立ち止まり、そう問うてきた。
シュバインは後ろを振り向くと、少し目を見開く。
そう問うてきたハルトの姿は険しい表情をしていた。わずかに声も震えている。
「いえ、今日は皆楽しそうに過ごされていました。誰も王族だなんて思ったものもいなかったでしょう」
「左様か……よかった。……では、何を言いかけたのだ?」
「明日は畑を手伝ってみますか、とお聞きしようかと思ったのです。ただ、泥まみれになるのでどうしようかと思いとどまっただけですよ」
「ほう、面白そうではないか!是非とも頼む!」
シュバインは少し取り繕いながら、当たり障りのない返答をした。
ーー民たちとの距離感に慣れすぎている?どちらかと言うと、自然体のような。
険しい表情をする姿と今の自信に満ちたような表情や言動。
無理して取り繕っているのではないかと感じた。
ーー普通、貴族があそこまで親しく民と近い距離感で接することは難しい。イザベルでも初対面では距離感を掴むのを大変だったはず。
一度感じた違和感は拭えない。あまりに慣れすぎていて、逆に違和感を覚える。
シュバイン自身も、距離感を掴むのに少し苦労をした経験がある。だからこそわかる、貴族は平民との距離感の掴むのに苦労するものだと。
ただの天才なら、できるかもしれない。
ハルトは秀才で早熟している。所作はストリクトやイザベルなど、上位貴族と大差ない。
だが、不安がる言動を見てしまい、その線はないだろうと感じた。
ーー公爵様に確認してみよう。
そう思考をまとめると、シュバインはハルトと共に屋敷に向かった。
シュバインは屋敷に到着後、すぐにストリクトの部屋を尋ね今日の経緯を話す。
話を聞いたストリクトはため息をしながら頭を抱えた。
「深夜に話がある……イザベルと共に私の部屋に来てほしい」
「わかりました」
シュバインはストリクトの真面目な表情で言われ、返事をしたのだった。