「イザベル!これには訳があって……た、頼むから話を聞いてほしい!」
屋敷の執務室にて。シュバインはご立腹のイザベルに謝罪をしていた。
シュバインがストリクトがそろそろ来る頃かと時計を眺めている時だった。
作業服のままのイザベルがノックをせずに顔を真っ赤にして突撃してきたのだ。
「イザベルあの……これにはわけが」
「……」
「公爵様がどうしてもって」
「……」
「ゆ、許してほしいなぁ……」
「嫌ですわ」
イザベルは言い切り、シュバインはガクッとこう垂れる。
一口に口を閉ざし、謝っても許さないイザベルの言動のせいか、平行線のやり取りを続いていた、
そんな二人のやり取りを見ていたグレイはため息をこぼす。
イザベルはチラチラとシュバインに視線を向けていた。様子から察するに怒りは収まっている。だが、どう話を切り出そうか、迷っているようだった。
「あの、グレイさんそろそろ」
そんな時に、時計を示しながら近くに控えてきたメアリがグレイに促す。
ストリクト達の到着時間が迫っていたのだ。
「あの。お取り込み中、申し訳ございません。公爵様がもうすぐ来られるのではないでしょうか?」
グレイはそろそろ良いかと思い、助け舟を出した。
イザベルは壁にかけられた時計と頭を下がる反省しているシュバインを見て大きくため息をした。
「シュバイン様は何故わたくしが怒っているか、わかりませんか?」
その問いかけにシュバインは目を丸くし、どうしたものかと考える。
「……公爵様のことを黙っていたから」
「違いますわ!そのようなことは気にしておりません!恥ずかしかったですが!」
察しの悪いシュバインは明後日の方向の回答をしてしまった。
イザベル自身、そのことは気にしてはいなかった。
彼女が気にしていたのは。
「わたくしに……隠し事をしましたわよね?」
「う……」
何故かそれだけは許せなかった。もちろんイザベルもストリクトの頼みだったこと、断れなかったことは知っている。
知っているが、隠し事をされたことへの怒りが収まらない。
「……ごめん、イザベル。……言い訳はできない。でも、君を困らせたくて黙っていたのではないんだ。それだけは信じて欲しい」
シュバインは常に誠実でありたいと考えている。
訳が合ったとしても、隠し事をした事実は変わらない。
だから、すぐに頭を下げた。イザベルはその姿をみて、大きく深呼吸をした。
「……分かりましたわ。許して差し上げます。わたくしもカッとなりすぎましたし、言いすぎましたわ。申し訳ございません、シュバイン様」
イザベルは冷静になり、気持ちを伝えた。
彼女も喧嘩をしたいわけではない。引き際は肝心だ。これ以上争ってしまっては、仲が拗れてしまう可能性もある。
だから、イザベルはここで折れることにした。
「許してくれてありがとう。でも、驚いたよ。まさか、作業服のまま来るなんて。顔に泥もついているよ」
「……あ」
怒りで我を忘れてしまっていたイザベルは指摘されて自分の姿を思い出す。
自分は確か稲作をやってきて、父親に会って……。
そこまでを思い出し、イザベルはりんごのように顔が真っ赤となる。
「わ、わたくしは何を」
「イザベルって慌てると我を忘れることあるよね。暴走することも」
「忘れてくださいまし!ああ!お父様にもこの姿を……あ、もうすぐいらっしゃるのでした!」
「急いで着替えた方がいいかもね。あと泥も落とした方が」
「そ、そうですわね。ではシュバイン様、失礼しますわ」
イザベルは急ぎ身支度を整えるため、慌てて部屋を出た。
「メアリ、早くいらして!準備をしますわよ!」
執務室を出た後、屋敷内ではイザベルの大声が響き渡る。
そんな光景をみてシュバインは笑ってしまう。
「イザベル、だいぶここに慣れてきたね。ここにきた時では考えられないよ」
「慣れたというより、旦那様に染まったというか……最近似てきましたね」
「……はい?」
グレイの冷静な言葉に疑問を上げるシュバイン。
「……いや、なんでもないです。忘れてください」
「いや、気になるんだけど」
「公爵様ももうすぐ来ますね。旦那様も準備をされては?」
「い、いけない!」
グレイに指摘され、シュバインは慌てて準備を始める。
「グレイ!身支度整えるから手伝って!早く!」
シュバインは部屋を出る前に一言グレイに伝える。すぐに了承したグレイだったが、シュバインの姿を見て一言。
「ほら、旦那様に似てきてる……」
誰もいない一室で一人呟く。
イザベルはシュバインに似てきていることがわかる一幕だった。
それから、シュバインとイザベルの二人は急ぎ身支度を整え、ストリクトたちを屋敷総出で出迎えた。
「お待ちしておりましたお父様」
「公爵様、遠いところお越しくださり、ありがとうございます」
「急にすまなかったな」
シュバイン、イザベル、ストリクトはそれぞれ挨拶を交わした。
ストリクトはイザベルに視線を向ける。
「だが、娘の意外な一面が見られればと思っていたが、まさか稲作をしているとは」
「お、お父様。それは忘れてくださいまし!」
「うははは、それは無理な相談だ。私は一度見たものは忘れないものでな」
「もう!お父様、意地悪しないでください!」
「すまないな。少し言いすぎた。もうやらないから許せ」
「もう知りません」
イザベルはプイって視線を逸らしてしまう。
その姿にストリクトはフッと鼻で笑ってしまった。
微笑ましい親子のやり取りに皆、温かい視線を送る。
「ああ、ストリクト。すまないが私も紹介してくれ」
そんな時に、声をかけたのはストリクトの背後に隠れていた黒髪の少年だった。
この場にいる者の視線が集中する。
「手紙で伝えていたが、改めて。ハルト=シュタールブルクだ。これからよろしく頼む」
ハルトは凛々しい姿で手短に挨拶を済ませる。
シュバインは年相応でない凛々しい姿に一瞬面食らうも、すぐに持ち直した。
「お初にお目にかかります。リーヴ男爵領主、シュバイン=リーヴと申します。遠路はるばるお越しいただき感謝いたします。僕たちができる最上位のおもてなしを用意させていただきました。是非、ごゆるりとお過ごしていただければと」
「そんな、畏まらないでくれ。この場は非公式、誰も粗相を気にしないからな。私としても、もっと楽に接してもらいたい」
「承知しました」
慣れない敬語を使ったが、正直いつボロが出るかわからなかったので、ハルトの気遣いにはありがたいと思ったシュバイン。
公式の場で粗相をしたら、罪に問われることすらあり得る。なるべく敬語を頑張ろうと決めた。
「な……ななな…」
「イザベル?早く挨拶」
シュバインは自分の挨拶が終わり、次に挨拶するイザベルだったが、彼女は口をポカンと開けていた。
ブリキ人形のように震えている彼女は恐る恐る声を発する。
「な……何故殿下がこのような場に?」
「あ……」
シュバインは小さく声を出した。先程まで彼女からお叱りを受けてバタバタとしていた。
そのせいで一番大切なことを伝え忘れていた。
そして、一言。
「……ごめん、伝えるの忘れてた」
瞬間、イザベルの鋭い視線がシュバインへ向く。
彼女の体は震えて、大きく息を吸い込む。
「シュバイン様!?」
イザベルの声は屋敷中に響いた。
シュバインはその場で謝罪をした。
屋敷のものはその光景に慣れたもので、微笑ましい視線を向けていたが、それと同時にこうも思った。
……お客様の目の前で。
しかも、王族の方がいるのにこれはまずいのではと。
「ふ……ふははは!」
だが、目の前の光景にハルトは声を上げて笑っていた。
それを見てこの場にいるものは全員安堵したのだった。
その後、イザベルはハッと冷静を取り戻し、すぐに謝罪をしたのだった。
それぞれの用意された部屋に案内して、今日は長距離移動したこともあり、明日から行動することになったのだった。