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第21話

 ルールは至ってシンプルだ。

 参加者は用意された椅子とテーブルに座り、出された料理を食べていく。収穫したての小麦や野菜をふんだんに使った料理。一食3人前は簡単に超えている。

 それを、食べきれるかを競う。

 速さは求めていない。


 まず、一次予選で最低ライン5種類、15人前を手始めに行い、それを完食したものがサドンデスである。


「では、大変長らくお待たせいたしました!慶穀祭のメインイベント。大食い大会を開始します!」


 観客の歓声とともに張り詰めた声で大会開始を宣言したのは司会進行役の若者。

 もう時間は夕暮れ前で、点灯が付き始めている。

 会場には領民全員この場に参加をしている。

 やはり、イザベルが参加していることが告知されていたから。有志を一目見ようと集まったのだ。


「皆様ご存じかと思われますが、今回は特別に領主様の婚約者……イザベル様も参加されています!」


 会場から歓声が広がる。観衆のほとんどがお酒を飲んでいるから、ちょっとしたことで盛り上がる。


「では、イザベル様。それでは一言を頂けますか?」

「え……が、頑張りますわ?」


 突然振られたアドリブに困惑しながらも、言った。

 司会進行役のアドリブだろう。大会を盛り上げるための演出もあるが、参加者の緊張を解すことも目的なのだろう。

 シュバインは感心しながらも、他の参加者のコメントを聞いていた。


「--では以上9名で競われます!では、ボチボチ始めさせていただきましょうかね。皆さんご存じかと思われますが、念のため流れの確認を!まず、本大会は予選を行い、本線となります。決められた食事を食べ終えた人だけが本戦に出場できます」


 説明最中につらつらと料理が参加者の前に運ばれる。


「……毎年ながらすごいな」


 会場を見守るシュバインは思わず苦笑いした。運ばれてきたのは巨大な赤子がすっぽり入ってしまうほど大きな鍋、出来立てなのか、湯気が出ている。おいしそうな匂いを会場中に漂う。


「料理が出そろいました!最初は大鍋のだご汁。食べ終わった方から順に新たな料理が運ばれます!それでは開始!」


 司会の一声で大会は始まったのだった。イザベルはというと、出てきた料理に見惚れていた。

 こんなのは余裕だと言わんばかりに簡単にたいらげてしまった。そして次の料理が運ばれる。イザベルは料理を一目見た後、驚きのあまり口がぽかんと空いているシュバインに視線を向けた。










『……男爵様と触れ合うのはドキドキしてますし、気を使ってくださって、優しくしてくださる。わたくしを大切に想ってくださるのは日ごろから伝わっておりますわ。ですが、わからないのです。男爵様のご厚意を受けるたびに……胸が苦しくなってしまうのです』



 イザベルが抱えていた悩み、メアリに零した相談事も正直自分でも整理ができていない内容。何をどう相談すればよいかもわからない、曖昧で答えを出しにくい質問。


『何も不安に思うことはないと思われますが?私から見ても旦那様はお嬢様を大切に想われていますよ?羨ましいなと思うくらい』


 メアリは紅茶を準備しながら、思ったままを伝える。


『ですが……男爵様が想って下さってるのはわたくしもわかっております……わかっているのですが……不安なのです』


 何故か、不安に感じる。曖昧で不鮮明……言葉で表現するのが難しい。

 メアリに言葉にされた内容はイザベル自身が一番わかっている。

 シュバインは心から自分のことを想ってくれている。でも、納得できていない。


 何か根本的な原因……イザベル自身にもわからない心の奥底のモヤがあった。

 メアリはイザベルの悩み事を内心整理した。


『付き合いたてのカップルは、よく不安に感じていることがあるのです。何故だがわかりますか?』


 突然の逆質問にイザベルは目を丸くした。


『あの、メアリ……それは一体』

『難しく考える必要はございません。ただ、お嬢様が率直に思ったことをお教えください。それがお嬢様の悩みを解説することに繋がりますので』

『……わかりましたわ。そうですわね。お互いを知らないから……ですが、わたくしと男爵様は数ヶ月……お互いの人となりは存じておりますが?』


 困惑するイザベルは、これで何がわかるのか、意図が読めない質問に答えた。

 だが、メアリはそのまま質問を続ける。


『では、旦那様はどのような食べ物が好きで、普段どのように過ごされてますか?』

『……好きな食べ物は……甘いものを好んで召し上がってますわ……普段は本を読むか、公務をしております。……もちろん、わたくしも旦那様がお読みになる本を嗜んでおりますが……』

『そうですか。では、気持ちは伝え合っておりますか?』

『そ、それはもちろん。思ったことは伝えてあります!……お慕いしているとつい先日もお伝えしましたわ』

『……では、旦那様とは結婚についてのお話は?』

『それはもちろん、公務が落ち着き次第……3年以内には結婚するというお話を……って、さっきからなんなんですの!意図が分かりかねます!まさか、遊んでおりますの?!わたくしは今真剣にーー』


 俯きながらも恥ずかしい質問を何度もされ、イザベルは顔を真っ赤にする。

 ギロッと、彼女はメアリを睨み文句を言おうとするが、やめた。メアリの目は真剣な眼差しをしていたから。その目を見るだけでふざけていないことはわかった。


『では、最後にお聞きします……お嬢様は旦那様の隣にいて、分不相応だと少しでも感じたことはありますか?』

『それは……』


 ……即決できなかった。

 それはないと否定しようとするが、声が詰まる。


『それが、お嬢様が抱える悩みの原因かもしれません。お嬢様は心の奥底で、相応しくないと考えてしまっているのかもしれません』

『……』


 イザベルの沈黙は肯定を意味していた。

 メアリの質問は気づかせるためのものだった。


『わたくしは……どうすれば』


 イザベルの声は震えていた。原因が明確となり、尚更わからなくなってしまったのだ。

 メアリはそんなイザベルの手を両手で包む。そして、優しく声をかける。


『もっと自信を待ってください。お嬢様はどのような女性より魅力ある緒方なのですから』

『……えと』

『お嬢様は昔から過小評価をしすぎです。私が殿方でしたら、今にも襲ってしまいたいくらい、魅力的な女性ですよ』

『ふふ……なんですのそれは』

『言葉のあやというやつです。とにかく、お嬢様は世界で一番かわいいんです!』


 イザベルはメアリの言葉を鼻で笑ってしまう。

 少しずつであるが、笑顔を取り戻す。


『……少し、勇気を出してみたいと思いますわ』


 イザベルが気にしていたのは将来隣に立つことを相応しくないと思っていたから。

 過去に、リヒトの一件がトラウマとなってしまい、自信を失ってしまっていたのも要因だろう。


 自信の喪失、それがイザベルの根本的な悩みであった。


 メアリは日々イザベルの様子を見守っている。表情の変化に鋭い。

 質問を投げかけた時、メアリはすでにイザベルが何に悩んでいるか検討がついていた。


 将来について、話す時に表情が暗くなることを小さい機微であったがメアリは見逃さなかった。

 それは長年イザベルに仕えてきたから気づけたことだろう。


 それが一件でイザベルは、勇気を出すことを決めた。

 相応しくない、のではなく相応しくなろうと。


 頼られる存在であろうと。自分がシュバインを支えていこうと。


 そして、そのためにはまずは自分から一歩を踏み出そうと決めた。









「決着!……優勝はなんとも驚き番狂せ!イザベル様!」


 大食い競争の結果はイザベルであった。

 圧倒的な食欲で一次予選を突破し、前年度優勝者とのサドンデスパンケーキでは、少しお腹がキツくなってしまったが、見事に優勝したのだった。


 大いに盛り上がった大会後、イザベルは村人に囲まれ、話をしていた。

 その甲斐あってその後、村に訪れると声をかけてくれるようになったのは後日の話。


 それもイザベルがシュバインに頼られる存在になるためにやろうと決めたうちの一つ。

 まずはシュバインのように民に慕われる人になろうと。今回、大食い大会に出たのも、自分を知ってもらうためであった。

 イザベルの目的は達成できた。この大会を通して、彼女はほとんどの領民から知ってもらえたのだった。
















 その日の深夜。

 慶穀祭は無事に終わり、騒がしかった雰囲気から一転、静寂に包まれていた。

 そんな、満点の星空のしたでイザベルとシュバインは屋敷のテラスで二人きりで過ごす。

 シュバインは大会を通して奮闘したイザベルは労いの言葉をかけ、お祝いがしたいと伝えた。


「男爵様……わたくしを敬称なしでその……イザベルと……呼んでくださいませんか?」


 イザベルの顔はほんのりと赤い。勇気を振り絞った願い。


『少し、勇気を出してみたいと思いますわ』


 イザベルが口にした決意の現れだった。

 シュバインは、そんな彼女に……。


「わかったよ……イザベル」

「……はい」


 慣れない呼び捨て、むず痒いながらシュバインはイザベルの気持ちに応える。

 だが、ふと一つ思うことがあった。


「このままでは不公平ですよね」

「……はい?」


 自分はイザベルのことを呼び捨てに変えた。……だが、シュバインについては男爵様と……。


「どうせなら、僕のことも名前で呼んでほしいな」

「……で、ですがこれはわたくしの優勝の願いであって……その、まだ殿方を名前で呼んだことはなくて」


 だが、願いを口にしたがイザベルはアタフタして断ってしまう。

 そんな恥ずかしそうな表情にかわいいなと思うシュバイン。

 だが、それでやめようだなんて思わなかった。

 どうしてもイザベルに名前で呼んでもらいたい。まだ、男爵様と呼ばれるのはどうしても他人行儀な気がしてならなかった。


「……以前の賭けのことを覚えていますか?」

「え?……」


 様子から、イザベルは忘れていたことなのだろう。

 正直、シュバインはこの権利を放棄しようとした。あくまで、賭けの理由はイザベルを元気づけるため。

 でも、今この約束をして良かったと思った。


「では、なんでも一つ……願いを聞いてもらうかな」

「……狡いですわ男爵様」

「これは勝者の当然の権利だよ」


 悪戯が成功した……シュバインは悔しそうなイザベルに微笑む。


「僕のことをシュバインと……呼んでほしいな」


 シュバインは命令権を行使する。

 イザベルは恥ずかしさ故、視線を外してしまう。


「……男爵様はずるいですわ?」

「男爵様?」

「……シュ…シュバイン様は意地悪ですわ」

「……うん。僕は少し意地が悪いかもね」


 名前を呼ばれて嬉しがるシュバイン。

 イザベルはそっぽを向いてしまった。俯いてしまってる故、表情はよくわからないが首筋が真っ赤だから照れているのは確かだった。


「これからもよろしくね……イザベル」

「……はい」


 ぎこちない二人だが、これも関係進展なのだろう。

 まだまだ、初めてが多い二人。これからも初々しい人生を歩んでいく。

 二人のペースで、ゆっくりと







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