「カンドくん、今日はお友達と何していたんだい?」
「えへへ、こいつらに畑の何たるかを教えてやってるんだぜ?」
シュバインとイザベルが歩く途中、静かな畑から声をかけてきたのは、カンドを含め3人の子供たちだった。女の子1人、男の子2人。
胸を張っているカンドは自慢をしていた。
「そうか、それは偉いね。……ところで」
カントに誉め言葉をかけたシュバインだったが視線はカントの後ろに控えて、距離をとっている子供たちに向いていた。
様子から察するに、シュバインを警戒しているようだった。シュバインにはその子供たちに見覚えがあった。
以前、よくお菓子をあげていた子どもたちのだったのだ。
「おいおい、ジン、イリスちゃんびくびくしすぎだよ。でぶっちょ領主様だよ」
「う、うそだ。太ってないじゃん」
「カンド君嘘つかないで」
カンドは自分の背後に隠れた二人に声をかけた。だが、返ってきた言葉はシュバインには衝撃的な言葉であった。
その紹介はどうなんだろう……シュバインは刹那笑顔が引き攣ったが……気にしてはいけない。子供は純粋な生き物。悪気はないんだ。どうにか自分に言い聞かせ、シュバインは、子供たちに視線を合わせる。
眼鏡をかけた少年ジンと三つ編みツインテールの女の子イリスに自己紹介した。
「えっと……そ、そうだよ。僕はでぶっちょ領主のシュバインだよ!」
「ふふ……」
今解決すべきは目の前の子供たちの誤解を解くこと。シュバインは後ろから肩を震わせているイザベルの笑い声が聞こえたが、気にしないでいた。
まさか、痩せたことが仇になるとは思っても見なかった。
痩せてご飯がより美味しくなったとか、カッコよくなったと大人からは言われた。そういえば、子供からは距離を置かれていたなと思い返す。
痩せていたからだったのかと認識できたのだった。
どうしたものか、シュバインは内心考えたが……その時、カンドがイリスに何か耳打ちをした。
「どうかしたのかい?」
訳もわからず聞いたものの、子供達は答えることはなかった。
だが、警戒していたはずのイリスがカンドの後ろから歩み足で近づく。クンクンとする。
どうやら、香りを嗅いでいるようだった。
気が付いたら、イリスはシュバインの服に鼻が触れる寸前まで、近づいていた。どう反応すべきか。シュバインを首を傾げる。
「……領主様の匂いがする」
イリスは何度か匂いの確認をした後、目を輝かせる。
「領主様の匂いがする!」
「え?マジで……ほんとだ、甘い匂いする!領主様の匂いだ!」
イリスに続いてジンも匂いを嗅いではしゃぐ。
甘い匂いって……。シュバインは自身の袖の匂いを嗅ぐ。
「……確かにお菓子の匂いかな?……ああ、毎朝紅茶とダイエットクッキー食べてるからその匂いかな?」
毎朝の日課のティータイム。それは痩せる以前にも行っていた。
目を覚ますためのルーティン。
「ブ!!」
まぁ、解決したのなら良かったかなと、考えたのだが、背中側からイザベルは吹いていた。
シュバインはイザベルに振り返り文句を言おうとしたが、子供達が急に群がる。
「領主様、クッキー頂戴」
「俺も俺も!
「えと…何かないかなあ」
シュバインは懐に何かないか探し始める。
以前までなら、何かしらのお菓子を持参していた。だが、食事制限を初めてからグレイの監視の元、それができない状態である。
せっかく、領主だとわかってくれたのにこのままだと。
「……領主様?」
「……早くくれよ?」
イリスとジンの表情が曇っていく。
……どうしよう、非常にまずい。さらなる焦りが生じていく。
だが、そんな様子を見て、笑いを堪えていたイザベルはこんなことを思っていた。
なんとも理不尽で、かわいいのだろう……と。
シュバインに対しては、慌てる様子が面白く感じていたり、その姿がかわいいと思ってしまう。
だが、そう思い続けている最中にも子供達の表情は厳しくなる。
イザベルは子供たちに近ずくと、シュバインと同じように視線を合わせて腰を下ろす。両手をパンとたたき、笑顔で言った。
「では、こうしませんか?これからわたくしたちはお菓子とケーキを食べに行くのですが、領主様に買ってもらうというのはどうでしょう?」
「イザベル様、何を?」
「え!いいの!
「やったー!私一番大きいケーキがいい!」
突然の提案に戸惑うシュバインだったが、子供たちは大喜び。
シュバインは二人で行かなくても良いのかという心配していたのだろう。
「子供は宝……ですわよね。泣いている姿は見とうありませんわ。……子供は悲しい姿でなく、はしゃいでいる姿が一番ですもの」
安心させるようにイザベルはシュバインは伝える。
「ありがとう、助かった」
「男爵様のお役に立てたのなら、よかったですわ。それに、わたくしも子供たちと仲良くしたいと思いましたの」
シュバインはお礼を伝え、イザベルは少し照れながらもそう返した。
「はやく行こうぜ綺麗な姉ちゃん」
「きれい……。ちょ、お待ちになって!」
カンドたちはイザベルの手を引き村へ向かう。一時はどうなるかと不安だったが、事なきをえてよかったと考えるのだった。
ただ、一つ思うことがあるとすれば。
「おじさん、はやく!おいて行っちゃうよ」
イリスの一声に「僕はまだお兄さんだよ」という内心突っ込みを入れたことと「30歳はまだお兄さんなのだろうか」と考え込んでいたのだった。だが。
「イザベル様が馴染めそうでよかった」
イザベルが子供たちに囲まれながら、綺麗と言われ照れながら歩くイザベルの姿に心和むシュバインだった。
その後はカンドたちを連れ、村の散策したのだった。慶穀祭の準備で大忙しだったが、屋台は出ていた。
子供たちに案内をされ、町を散策。おいしいケーキ屋、食堂から野菜チップス、肉の串焼きが売られている露店。様々な場所を回った。楽しいときはすぎるのが早い。
気が付くと夕方になっていた。帰りが遅くなると両親に心配をかけてしまうため、子供たちは早めに送り届けた。
そして、帰り道、綺麗な夕暮れ道を歩くシュバインとイザベル。
「今日は本当に楽しかったですわ」
「子供たちのおかげだね」
「そうかもしれませんわね。子供たちが張り切って案内している姿、微笑ましいですわよね」
「子供という存在は無邪気で、無鉄砲で、遠慮がない。でも、いてくれるだけで楽しいんだよ」
「その通りですわね。はじめは心配でしたが、皆様と仲良くできましたもの」
お互い笑みがこぼれる。幸せな会話を続ける二人は肩が触れるほど近かった。
「男爵様、もうすぐ収穫祭が開かれるのでしたね」
「ええ。小麦が多く収穫する時期にいつも開かれているんだよ。催し物も開かれるから、大いに盛り上がるよ」
「それは、是非とも参加させていただきたいですわ」
「もちろん。イザベル様が参加すれば、皆喜ぶと思いますよ!」
「ふふふ、それは楽しみです」
もうすぐ、収穫祭が行われる。
リーヴ男爵領では小麦が収穫される季節に催しものが開かれる。領民皆で集まって夜通し宴会をするのだ。
シュバインはどのような催し物か想像を膨らませているイザベル。
「毎年お祭りを目的に他の領の人も参加していますから。大食い大会も然り、小麦アートに小麦ロールレースなどなど……大食い自慢、力自慢、芸術家の自らの技術や情熱を見せ合うんだ。だから、一種の戦イベントだね」
「……本当に規模が大きいですわね」
事前に話は聞いていたが、大げさに話すシュバインにイザベルは目が点になる。
「そのような、お祭りを考案された男爵様はすごいですね。わたくしには到底……」
「僕の力ではありませんよ」
シュバインはイザベルの称賛に首を横に振る。
「慶穀祭は、もともと民をねぎらうため、領主が領民に料理と酒をふるまうだけ。催しも大食い大会だけ。それから、民から要望をもらって、年を重ねるごとに大きくなったんだ。僕の力というより、民と大きくしていった感じだね。決して僕の力じゃないんだ」
「謙遜しすぎですわ。男爵様への信頼あって成しえたのですわ。男爵様はご自身を過小評価し過ぎです。胸を張ってくださいませ!」
「そ、そうなのかな?」
慶穀祭は民と作り上げた祭り。決して自分の力ではないといったものの、イザベルは否定し称賛する。シュバインは彼女に言葉にされ、大らかな気持ちになる。
シュバインは「ありがとう」と礼を言った。
「わたくしは、大食い大会に興味がありますわ。わたくしが参加することはできますか?」
「それはもちろん。多分大会も盛り上がること間違いなしだよ!」
シュバインはイザベルの意思を尊重した。
イザベルから、何かをしたいと願ったのはリーヴ男爵領へ来て、初めてのことだった。
彼女自身も成長しているんだな、そのことに嬉しく思うシュバインだった。