『愛さえあればどんな壁も乗り越えられる!』
その絵空事を発言したのは、平民となったリヒト=シュタールブルクが愛すべきブルーメに伝えた言葉だった。
リヒトは婚約破棄後、廃嫡となった。国を危機に晒した罰則としては軽い。
これはリヒト自身の言葉とストリクトの裁量によるものだった。
『父上、俺はブルーメさえいればいい。立場など必要ない!』
ただの責任逃れだった。
その言葉を聞いた国王とストリクトは呆れてものをいえなかった。
婚約破棄され、立場が悪くなった。
愚行で悪くなったから、今度は責任から逃れるため、ブルーメと共に過ごすため、土地を用意しろと言う始末。
開き直ったリヒトは逃げた。
本来なら、王族としての責務を全うすべきだ。
ノブレスオブリージュ。
強きものは弱きものを守る責務がある。
権力の保持には責任が伴う。身分が高い者はそれに応じて果たすべき社会的責任と義務がある。
リヒトはそれをほっぽり出した。だが、リヒトの願いはすんなり通った。
ストリクトがリヒトの希望に応えたのだ。
『さぁ、ブルーメ。これから俺たちの人生をあゆもう』
『そうですね!私たちならば』
リヒトとブルーメは新しい生活に夢を抱いた。誰もいない山奥。物資は平民が、計画的に食べれば、成人した大人が充分暮らせる設備が整っている。
平民ならば、満足な暮らしができる範囲の家具を取りそろえた。
それも、ストリクトがすべて用意したものだった。
もちろん大罪人にこのような待遇を用意したのには理由があった。
最後にリヒトに慈悲をかけたのだ。その場が逃れるために発した言葉に一縷の希望をもって。
『愛さえあればどんな壁も乗り越えられる』
ただのエゴかもしれない。だが、もしも改心できれば?
人間、生まれつき悪人はいない。環境や人間関係で、人の本質は歪んでしまう。ストリクトは最後にやり直しの機会を用意したのだった。
だが……、ストリクトに望みはすぐに消え去った。
王族が平民の生活をできるわけがない。
『うるさい!それは貴様のやることだ』『こんなまずいもの食えるか!』『なにやってるんだノロマ、これは貴様の仕事だろ……何?気分が悪いだと、貴様の体調管理が杜撰なのが悪い!』
リヒトは日を追うごとに怒鳴り散らすようになった。舌の肥えたリヒトには平民の食事は口に合わない。ブルーメの体調不良にもなりふり構わなかった。
そして、この生活に耐えきれなくなった、ブルーメはリヒトの前から姿を消した。
リヒトは誰も寄り付かなくなった一軒家で天涯孤独となり、ブルーメの消息もわからなくなった。
『愛さえあればどんな壁も乗り越えられる』
リヒトの言葉はたった2週間にも満たなかった。