改めてリーヴ男爵領は国内一の農村地区である。一年を通して農作物を収穫。月によって収穫する野菜も変わり、新しい野菜の種、苗を植える。6月に収穫できる野菜はリーヴ男爵領ではトマト、ナス、ピーマン、大根だ。そして新たにオクラ、サツマイモ、ゴーヤなどの夏野菜を育て始める。
もちろん、同じ農夫が管理しているわけではない。登板制にしており、担当する畑にそれぞれ責任者が決まっている。定期的に休みを取れるようになっている。
だが、それでも元気な老人は休みなく畑仕事を手伝っているが。
季節の変わり目関係なくリーヴ男爵領は忙しいが、一番の繁忙期は6月真っ只中だろう。
理由は大量に育てた小麦を領民総出で収穫をする。そして、シュバインが領主として就任してから、行われる祭日が執り行われる。
文字通り、小麦の収穫を楽しく快くすること。シュバインが考えた民に向けた感謝を込めた祭りである。
その日は、それぞれの立場を忘れ、一日中飲み明かし、ワイワイと楽しむ特別な日。
その日は領主から酒、ご馳走が振る舞われる。
また、イベントも存在する。
もともと
おかげで年々領民は増加傾向にある。
シュバインがイザベルをデートに誘った次の日。昨日の元気のない表情が気になったが、彼女の機嫌はーー。
「また、景色が変わりましたわね」
「でしょ?もうこの前来たときは別の野菜だったからね」
元気になっていた。
いつものように話す彼女を見て安堵したシュバインは自分も気にしないようにと彼女の隣を歩く。
長袖の白いブラウスに淡いピンクのフレアスカートのイザベルと白のパンツに薄手のジャケットを着るシュバインは屋敷を出発した。
気温はやや高め、少し生暖かい風が吹く。二人の服装は春から夏の季節替わりの期間に適した服装をしている。
まあ、本当はもう少しラフな服装で行くつもりだった二人だったが、グレイからは「旦那様はもう少し身だしなみを気にすべきかと、なんですかその服装は、Tシャツに黒いパンツとか……もう、俺が服装決めます。旦那様は座っていてください」と、お叱りをもらったシュバインはグレイが用意した服を。
メアリから「少し地味ではないでしょうか。お嬢様にはもっとお似合いのお召し物がございます。お嬢様、僭越ながら旦那様が息をのむようなコーデをさせていただきます!」との具合に早朝からおせっかいがあり、二人は今の服装となった。実際、コーデされた服を着たところ、二人は照れていた。思惑的中である。
そんな朝の日常の一幕があったが、シュバインとイザベルは気持ち爆上がりでデートが始まったのだった。
「イザベル様、本当にお似合いです」
「旦那様こそ、カッコいいですわ」
お互い照れることなく褒めあえるのだ。リヒトの一件以来心の距離は近づいていた。
屋敷から出発すること10分ほど、小麦畑が過ぎ、野菜の植えられている畑に到着する。
そこは以前とは植えられていた野菜が変わっていた。トマトやナス、大根などが実っていた。まだ、収穫には少し早いようで以前と比べ人は少ない。
二人はそんな光景を見ながら和気あいあいとした会話をしている。話の内容は休日の過ごし方から、最近は待っていることなど成り行きで話を続ける。
「男爵様、何故作物は大きくする理由があるのですか?旦那様の命令で当初予定していた土地の規模が広くなったとグレイさんから窺っておりましたが」
話の内容はシュバインが領主に就任した当時についてだった。イザベルは早く領での生活に慣れるために暇さえあれば人から話を聞くようにしていた。
その中で一番気になったのが、畑の規模を拡大させたこと。
シュバインが領主就任前も、リーヴ男爵領は農村地区で有名だった。
収支を上げるために、そうするしかなかったと言う理由もある。
リーヴ男爵領には天然資源はない。特産物で見込めるものもなかった。
「まず、領の財政を黒字にするには、収穫量を増やす必要があったこと。出荷できる量が増えれば収入は潤し、食糧の備蓄を増やせるから」
「資金はどうされたのですか?もともと、赤字であったと聞いておりましたが。そんなことができる余裕は……」
「確かにイザベル様のいうとおり、今まではなかったね。土地を広げれば人件費で出費はかさむ。でも、何か大きく変えなきゃ財政見直しなんてできないからね。思い切って行動したんだ。運がよく、資金には当てがあった。僕の王都の伝手、公爵様からの援助があってね。人材も資金も調達できたんだ。結果は成功。思い切りが成功して財政の立て直しができた」
「……それはすごいと思います。ですが、もっと他に方法があったのではありませんの?リスクを冒してでもするよりも……」
「ご指摘はごもっとも」
イザベルの指摘はシュバインの言葉の矛盾だった。ストリクトの援助があるのなら、借金の立て直しに回せばいい。王都に伝手があるのなら、もっと別の安全策もあっただろう。
農地を大きくすることは時間と労力がかかってしまう。
「一番は信頼関係を築くことが大切だと考えたなんだ。僕の人となりを民のみんなに知ってもらう。率先して何かを達成させることで、信頼を勝ち取ろうとした。僕のように領にロクにいなかった人間が領主になった、そう聞くだけで不安に思う者も少なからずいたからね。民の信頼なしに統治はできない。そう考えて、当時の僕は公爵様の下で学んだ文官としてのスキルはあっても、領主としての器量はないし、農業に関して素人だったからね。現場で民と対話しながら学んだほうが効率が良かったんだよ」
「男爵様……」
「まあ、領主としては今でも未熟だけどね」と最後にシュバインは苦笑いで付け足した。
「おかげで、団結力が高まって、信頼も勝ち取れた……イザベル様、どうかされました?」
イザベルは感嘆し立ち止まってしまう。まっすぐシュバインを見つめていた。事前に時間があるときにグレイから聞いていたが、本人がいかに本気の志でやっていたかシュバインの表情から察せられた。
「わたくしは男爵様を尊敬しております」
「え?……ど、どうも?」
突然の称賛にシュバインは戸惑ってしまう。イザベルの瞳には熱がこもっていた。
本心からの言葉だ。本当はほかに伝えたい言葉があったが、恥ずかしいあまり伝えられなかった。それと同時にこの人を心から支えていきたいと再認識した。
いまだ首を傾げて、イザベルを見つめているシュバインにはどのように思われているのかはわかっていない様子だが。
「「……」」
見つめあう二人、時間が長く感じ目をそらす。本当にシュバインとイザベルは似ている。初なところが特に。普段の生活では普通に話せるのに、ロマンチックな雰囲気になると急に恥ずかしくなったのか、言葉に詰まってしまう。
「さ、行きましょうか」
「そ、そうですわね」
最終的になんと言葉をかければいいか分からず、頭が真っ白になったシュバインが逃げるように、言葉をかけた。
慌てて即答するイザベルであった。
二人は並進して、村へ向かって歩き始めたのだった。
「あ!領主様じゃん!」
そんなとき、突然元気に二人を指さしながら声をかける子供が現れた。