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第16話


「本当に桃源郷……幸せですわ」


 澄み切った風にきれいな銀髪を靡かせ、微笑んでいる少女は絵になるな。シュバインが率直に浮かんだ感想だった。

 現在、シュバインとイザベルは小麦畑を一望できるテラスでティータイムを楽しんでいた。

 以前した、二人でお茶をしようという約束である。


 小麦畑が風にカサカサと穏やかに揺れる収穫時期の6月。春に比べ、温かい日。余暇に二人でまったり過ごす幸せな時間。


「本当に幸せだね。以前なら考えられないよ」

「これもお父様のおかげですわね」

「あとは、みんなが頑張ってくれているからだね」

「うふふ。そうですわね」


 そう、顔を合わせて微笑みあう二人。

 そんな至福のひと時に満足しているのであった。





 シュバインとイザベルはストリクトとの話を終えた数日後、履歴書の一覧に書かれていた3人とともに、王都を出発した。

 一週間かけて戻ったあと、グレイに事情を説明し、新たなメンバーに引き継ぎをした。


 流石はフィスターニス公爵家で働いていた者たちである。グレイが感心したことであった。

 男爵領での仕事にはすぐに馴染んでいった。

 有能すぎて呆気にとられることすらあった。


 その甲斐あって、リーヴ男爵家が抱えていた問題はすんなり解決した。これも、ベテラン文官ファーメルのおかげである。

 ファーメルは隠居目的でリーヴ男爵領に来た老人、年齢は70間近だが、腰は曲がっておらず、シュッとしている。


「ほっほっほっほ。こんなおいぼれでもお役に立てることがあるようですなぁ。イザベルお嬢様のため、この老体を使ってくだされ」


 陽気な声音でいうファーメルであったが、長年培ってきた経験は本物。業務の効率化から、メイドや執事と連携し仕事の質を上げていった。効率重視であるものの、現場の声を聞き、すり合わせを続けた。誰も嫌な顔一つせずに励んでいた。

 グレイも学べることが多いようで、ファーメルは着々と名誉顧問のような地位を確立しつつある。また、余裕が生まれ、少しずつであるが文官候補として、優秀な村人の勧誘を始めている。


 また、もう一人の若い文官、レットブラウンのおっとりした雰囲気の文官フェアン=クロースも優秀でグレイの補佐をしている。

 フェアンはクロース伯爵家の4男で、貴族のしがらみと関わることを嫌っていて、爵位を継ぐことができないため、文官として働いていたとのこと。貴族のしがらみが嫌いで、田舎でスローライフをしたいという願望があり、ちょうどよい話が舞い込んできたタイミングでこの領に来たそうだ。

 ふわふわしている雰囲気のため、仕事は大丈夫なのか……シュバインは第一印象ではそんなことを考えていたが、前言撤回。見た目とは裏腹にフェアンは優秀だ。ただ、一つ心配事があるとしたら。


「ボクはよく心配されますが。大丈夫ですよぉ。僕はこう見えてそれなりにできますからぁ。ただしっかり休日はください。役職に就く気はありませんのでぇ」


 仕事の向上心は高くないのが心配だが、彼の経緯を聞く限り、面倒ごとが嫌いのようだ。シュバインはフェアンの願いに可能な限り沿うような契約をした。

 ファーベルとフェアンの助力もあり、1月も経たぬうちにリーヴ男爵領の問題は改善された。シュバインの仕事は最低限必要な仕事のみとなり、以前に比べ半分以上も負担が減ったのであった。


 そんな経緯もあり、今こうして二人はお茶会を満喫できている。


「旦那様、お嬢様、お茶の入れ替えされますか?」


 二人が過ごすテラスで、女性が声をかける。カートを押しながら近づく女性からはおいしそうな甘い匂いが広がる。


「あ、メアリ。よろしく頼むよ」

「さすがはメアリですわね」


 メアリはイザベルのお付きの侍女である。20代半ばでグリーンアッシュの髪を後ろで束ねている。眼鏡をかけていて、凛々しい印象の女性だ。メアリはイザベルにとって姉のような存在で、信頼を寄せている。

 イザベルがリーヴ男爵領行きが決まった時、自分も行くと真っ先に声を上げた人物でもあった。


 メアリは温かいお茶の入ったティーポットと焼きたての茶菓子を持ってきていた。すでに飲んでいたお茶は冷えていて、茶菓子もなくなりそうなタイミングだった。その絶妙なタイミングにシュバインは驚きを隠せなかった。


「……ほんと優秀な人たちが来てくれてよかったよ」


 メアリがお茶を入れ替えている姿をみてシュバインは胸を撫でおろす。

 シュバインはイザベルの処遇について……近くで寄り添える存在を欲していた。やはり、一人は心細い、メアリのような心許せる存在が必要である。


「もったいなきお言葉です。これから、私を含め、誠心誠意リーヴ男爵様にお仕えします」

「それはうれしい限りだよ。でも、一番優先はイザベル様を第一にね。何かあっても彼女の一番近くにいてほしい」

「……ふふ……あ、失礼いたしました」

「僕何か変なこと言ったかな?」


 シュバインは首を傾げる。

 他愛のない会話だったが、メアリは無意識に笑ってしまい慌てて、謝罪した。

 使用人の立場の者が、領主に向かってしては無礼な行為だった。上下関係が厳しい現場にいたメアリだから、気にしたのだろう。


「あ、別に君がどう発言しようが咎めるつもりはないよ。今笑ったこともね。何か気になったことがあったのなら、率直に言ってほしい」

「はい……」


 動揺しながらもメアリは確認のためイザベルへ視線を送る。


「大丈夫ですわよ。メアリの思う貴族像に男爵様はあてはまりませんわ」

「イザベル様、それは褒めているの?」

「もちろんその通りですわ。だから、メアリ、言っても大丈夫ですわよ」


 イザベルはメアリに安心するように言葉を紡いだ。シュバインは微妙な反応をしていた。

 メアリはその様子を見て、小さく深呼吸する。


「旦那様はお嬢様を大切に想っておられるのだなと、自然と笑みが零れてしまいまして」


 メアリの本心。シュバインはその言葉に納得した。メアリは一番近くでイザベルを支えていた。リヒトの一件で消沈している姿も見ていたのだろう。

 だから、メアリはイザベルの幸せな雰囲気と、シュバインの言葉に笑みが零れてしまったのだろう。


「お嬢様を末永くよろしくお願い申し上げます」


 メアリはシュバインに洗練された一礼をした。心からの願い、シュバインは。


「もちろんだよ」


 笑みを浮かべてそう返したのだった。


「……イザベル様、どうかしたのかい?」


 だが、先ほどまで明るかったイザベルは少し俯いていた。

 様子も分からず、シュバインは尋ねるも……。


「い、いえ。なんでもありませんわ」

「なら、いいんだけど。……あ、そうそう。明日、久々に視察に行く予定なんだけど、よければ一緒に行かないかい?」


 居たたまれない空気にシュバインは話の話題をそらした。シュバインは人の事情を深く詮索しないようにしているのだ。


「はい。よろしくお願いしますわ」


 イザベルは誘いに笑顔で了承した。

 その日、お茶会は少し談笑して終わったのだった。


 だが、お茶会が終わった後、メアリは気にかかることがあった。

 幼い頃からイザベルに仕えていたメアリだから、気が付いた。

 今、お嬢様は悩まれていると。


「お嬢様、お時間よろしいでしょうか?」

「どうしたのメアリ、改まって」


 お茶会が済んだあと、化粧直しをしている最中、メアリは話を切り出していた。


「最近悩まれているご様子でしたので」

「……メアリにはかないませんわね」

「当たり前です。お嬢様にお仕えして何年経つのですよ」


 メアリの予感は当たっていた。イザベルはそう指摘され安心していたのか、胸をなでおろす。


「男爵様の件でその……思うところがありまして」


 そう前置きをして、イザベルはぽつぽつの悩みを零していく。

 イザベルは自分のボディーラインを確認するように一目見る仕草する。そして涙目となる。


「メアリ、わたくしは女子として、魅力がないのでしょうか?」


 それはイザベルが最近抱えていた悩みだった。



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