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第15話


 フィスターニス公爵邸に到着したシュバインとイザベルは応接間に案内された。

 案内された先で出迎えたのは、当主ストリクトともう一人は20歳前後の青年。

 イサベルと同じ髪色、ウェーブのかかった銀髪にタレ目。イザベルとは対照的な雰囲気。次期当主であり、イザベルの兄、ブルーダであった。室内には公爵家の執事や侍女が控えており、上座にストリクトとブルーダ。向かいにシュバインとイザベルが座っていた。ブルーダがこの場にいるのは本人たっての希望で、顔合わせと挨拶を済ませたら、退室する流れをストリクトから説明を受けた。

 ブルーダには別件の用事があるらしく、無理を言ってこの場に同席させてもらったらしい。


「あなたがリーヴ男爵殿。お初にお目にかかる。私はフィスターニス公家嫡男、ブルーダと申します」

「これはご丁寧に。ブルーダ様、ご壮健で何よりでございます。ご活躍は兼ねがね伺っております。改めまして、シュバイン=リーヴと申します。本日はお招きいただきありがとうございます」

「男爵様、招待したのはお父様ですわよ?」

「シュバイン、パーティでの凛々しい姿はどこへやら。緊張に弱いのは相変わらずだな」


 お互い自己紹介をしていたものの、シュバインの間違いを指摘するイザベルと呆れるストリクト。


「そんな固くならずとも、この場には身内だけ、楽にして構いませんよ」

「……お心遣い感謝いたします」

「まだ固いですね。私の義弟になるのです、緊張はしないでもらいたいものですね」

「……わ、分かりました」


 まだぎこちないシュバインにブルーダは微笑みかける。その態度から、本心から仲を深めたいのが伝わってくる。ただ、シュバインの固さが取れていない。どうしたものかと考えたブルーダは一度視線をイザベルへ向けた。

 何か、妙案が浮かんだのか、ブルーダは少しにやけていた


「それにしても」

「なんですか、お兄様?」


 イザベルは少し警戒する。


「女は男で変わるものなのだな。やはり、父上は最良の選択をしたのだな。ベタ惚れじゃないか?」

「はい?……」

「いや……そ、そんなこと」


 イザベルはきょとんとしたが、徐々に顔が真っ赤になり、シュバインはアタフタする。

 ブルーダが指摘した点は、イザベルの服装についてだった。彼女はシュバインと出会う前、派手な色のドレスを好んで着ていた。それは、元王太子リヒトが好んでいた装い。今淡い色のドレスを好んで着ているのは、シュバインの好みだったりする。

 そのことを指摘され、イザベルもシュバインも照れているのだ。

 そんな二人を弄ぶようなブルーダにストリクトは小さくため息をした。このままでは話が進みそうにない。


「仲睦まじいことはよいが、話が進まん。いい加減本題に入ってもよいだろうか?」


 ストリクトがクギを刺すように言った。


「「……は、はい」」

「あはは、反応まで同じではないか」


 二人の反応にブルーダは微笑み、壁にかけてある時計に視線を向ける。


「……名残惜しいが、私はこの辺で失礼しようかな」

「……もう、行かれてしまうのですか?」

「私はもともと顔合わせだけだからね。最近訳あって、引継ぎや公務が増えてしまってね。王宮に戻らなければいけないんだ」

「……左様ですか」


 ブルーダは名残惜しそうに言葉をかける。

 イザベルは久々に会った兄ともう少し話をしたかったのだろう。だが、これ以上は時間が取れない。職場に戻らなければならない。


「では、今度こそ失礼するよ。リーヴ男爵殿、不束な妹だが、よろしく頼みます」

「……お任せください」


 ブルーダは最後にシュバインと一言交わして退室した。少し調子は崩されたが、妹想いの素敵な兄だなと感じた。シュバインは彼を内心称賛したのだった。










 それから、話は進み、本題に入る。

 シュバインはストリクトから、机の上に数枚の書類を受け取った。


「あの、公爵様、これは」


 シュバインは書類に目を通すと、目を見開く。 


「シュバイン、この者たちをリーヴ男爵領で雇うように。これからのことを考えるならばな」


 ストリクトは視線で内容に目を通すよう視線で伝え、シュバインは視線を落とす。確認すると書類は顔写真付きの履歴書、職務経歴書、一枚の契約書。それが3枚ずつ、計9枚入っていた。

 丁寧に書類の隅々まで目を通すシュバインの様子を見ながらストリクトは紅茶を一飲みする。


「お前は危機感が足りない」

「危機感……でしょうか」

「このままでは近い将来、リーヴ男爵領はなくなるだろうな」


 オブラートに包むことなく、発したストリクトの言葉にシュバインの胸に突き刺さる。だが、言い返す様子はない。

 事実、シュバイン自身が気にしていた問題であった。


「お父様、今の言い方はどうかとーー」

「イザベル様、事実だから……」


 身を乗り出し、ストリクトの発言を咎めようとするイザベルにシュバインは静止する。シュバインは彼女に視線を合わせ、大丈夫だからと微笑みかけた。


「……取り乱し、申し訳ございません」


 イザベルは謝罪し、座り直した。その様子を確認した後シュバインは言葉を紡いだ。


「公爵様のおっしゃる通り、このままでは衰退するでしょうね」


 シュバインは自傷気味に言う。

 リーヴ男爵領は統治は貴族らしくない。それは領民との距離感もあるが、そのほかに致命的な問題があった。


「お前の民を想う姿勢は領主としては素晴らしいだろう。私も見習わなければならない。だが、トップ自ら全ての仕事を負担していては、先が思いやられる。お前の統治は根本的に変えなければな」

「耳が痛いですね。わかっていて先送りにしておりましたから」


 領主自らほとんどの責務を負っていたことは異常だ。

 簡単な事務処理から担当していた。リーヴ男爵領は領地が広いが住んでいる領民は多くない。領主にかかる負担はさほど多くない。領民ファーストの統治のおかげで、民からの不満や苦情が少なく、シュバインが視察に赴きその場で解決している問題もあった。どうにか回っていた統治だが、今まではグレイの手腕により、どうにかなっていた。


「伝手で人材を探し、識字率をあげたこと……対策は講じていたようだな」

「……やってはいましたが、結果に結び付かなきゃ意味がありませんから」


 グレイも時折人手について愚痴っていたがそもそも育てる暇がなく、適材な人材がいなかった。


 そもそもリーヴ男爵領は王都から距離がある。人材が欲しくても探すことは難しい。一から育てるのにも時間がかかりすぎて、余裕がない。識字率を挙げたのは、文官になれる人物を探すためだが、仕事が忙しすぎてそこまで手が回らなかった。

 やはり、経験者、ある程度の素養がある者が必要だが、そんな都合の良い人材はそういない。

 ストリクトから渡された書類の内容にはベテランの文官と若手の文官が揃っており、リーヴ男爵領が抱えていた問題を払拭できるものだった。


「しかし、大丈夫なのでしょうか?自分で言うのもなんですが、我領はさほど良い待遇をお約束できませんが?」

「それは、問題ない。あくまで、出張という形で報酬は私が払うことになっている。本人たちにも了承済み……いや、本人たっての強い希望がだからな」


 ふと、シュバインが気にしたことはストリクトは答えた。頭を軽く掻く仕草をしたあたり、困り事だったのかもしれない。

 説明させてほしいと言わんばかりのストリクトの姿にシュバインは。


「差し支えなければ、何があったか説明願いますか?」


 自分から願い出た。

 ストリクトの説明をまとめると、以下の通りだった。


「少々手間がかかった」


 まず、イザベルがリーヴ男爵領へ行った後、イザベルと親しかった者たちがストリクトへ直談判で、イザベルの処遇改善を申し出た。中には自らイザベルの元へと言う者も現れた。しかし、リヒトの一件もあり、聞き入れることはできず。

 イザベル一人を誰も頼れる者のいない状況をよく思ってなかったのも事実。だが、今すぐ行動を起こすことはできない。


「事情が事情であったのでな、その者たちをお前の領に行かせるわけには行かなかった。わけを説明して納得させた」

「皆さん……わたくしのために」

「ま、その後の人材精査が大変であったがな」


 ストリクトはことが落ち着いたら、可能な限り希望に沿うと答えを濁した。それから一月後、イザベルから手紙が届いてからストリクトは行動を開始する。といっても、メイドたちの要望にすべて応えることはできない。

 家庭の事情でリーヴ男爵領に行けるものも少なくない。

 一時の感情で行かせるわけにはいかなかった。そのため、届いたイザベルの手紙からわかる範囲で現状を伝え、それでもイザベルの下で働きたいと強く願う者たちを精査した。

 結果、メイド、一人。引退間近の老文官、田舎に住みたいと希望していた若い文官の合計3人が決定した。そのメンバーは若手文官以外は昔からイザベルと親しくしているものばかりであった。

 直談判した者たちはストリクトの下した決断に納得した。こうして一件落着となった。


「公爵様、ありがとうございました」


 シュバインはすべてを聞き終え、頭を下げ礼を言う。

 至れり尽くせり、何も返せないが誠意だけ示す。


「礼など要らん。お前には返しきれぬ恩がある。だが、大変なのはこれからだがな」

「はい」


 ストリクトはそう言いながらイザベルに視線を向ける。イザベルは視線が合うと恥ずかしさのあまり、視線を逸らす。


「わたくしもお父様も、男爵様には深く感謝しております。改めてお礼を言わせて下さい。消沈してしまったわたくしを助けてくださりありがとうございました」

「ど……どういたしまして」


 いたたまれなくなったシュバインは俯き、照れながら言ったイザベルはそんなシュバインの姿を見て、微笑んでいた。


「わたくしは生涯あなたの隣で支えます」


 イザベルは胸から温もりがこみ上げ、つい自然と呟いてしまった。

 シュバインの耳にも呟きが届いたのか耳まで真っ赤になる。


「孫の顔を見れるのも早そうだ」

「「なっ!!」」


 そんな甘ったるい雰囲気にいたたまれなくなったのか、ストリクトは言葉を投下した。

 顔を真っ赤にしたシュバインとイザベルは似たような反応で慌てふためいていた。


 そんな二人を背景にストリクトは用が済んだことを伝え、ゆっくりしていくように伝えた。

 その日の夕食は久々の家族団欒で過ごすしたのだった。



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