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第12話

「殿下、陛下より仰せつかった条件は無効となりました。部下よりリーヴ男爵に誤った情報を記載した招待状を送ったことは言質が取れております。また、王族らしからぬ言動が目につきます。一度退出を」


 ストリクトの宣言で城内の騎士たちにより、放心状態のリヒトは連れて行かれた。

 会場はどよめきを増すも、今日はストリクトの権限で中止ということになった。


 流れるような手際の良さに呆然とするシュバインとイザベルだったが、二人は王宮の応接間に案内された。

 案内された一室にはストリクトを含めた三人がいた。


「公爵閣下、お久しぶりでございます」 

「あ……あの、お父様、お久しぶりでございます」


 空気が重い。シュバインが感じたのはそれだろう。

 手紙で近況報告をしていたとはいえ、何故か威圧を続けるストリクト。


「あの……お父様?」


 その様子を見かねてか、イザベルが再度声をかける。


「お前には失望したぞ。シュバイン」

「……はい?」


 シュバインは一瞬面食らう。

 何故自分が名指しをされたのかわからなかった。


「ひ?!」


 シュバインはストリクトの殺気が籠る鋭い視線に萎縮する。

 ストリクトは完全に誤解している。どうにか誤解を解こうとシュバインは必死になる。


「……見込み違いであった。……まさか消沈している娘に言葉巧みに付け入るとは」

「ちょっとお待ちください公爵様!」

「記載されていたことに嘘が交えてあったとは。私が嘘偽りを述べる奴は嫌っているとあれほど言っていたことを忘れるとは」


 ああ、これもう手遅れかもしれない。誤解を否定しようとするがシュバインはストリクトの睨みで一喝される。


 なんと言葉をかければ良いのだろう。


 頭が真っ白になったシュバイン。

 その姿を見かねてか、イザベルは助け舟を出す。


「お父様、手紙でも書かせていただきましたが、わたくしは男爵様によくしていただいておりますわ。お父様がお考えのようなことは一度もございません」


 イザベルは誤解を解くために言葉を発した。ストリクトは腕を組み視線を一度彼女は向ける。

 しばらく視線を向けた後、組んでいた腕を解く。少しだけ表情は柔らかくなる。


「……そんなこと初めから知っていた」

「……は?」


 シュバインは目を丸くした。


「小心者のお前が娘に手を出すとは思えん。少し冗談のつもりだったのだが」

「……そ、そうですか。……洒落になりませんよ公爵様」


 シュバインは苦笑いを浮かべた。

 ストリクトの威圧はシュバインにとって恐怖以外のものでないのだ。


「はぁ……」


 しどろもどろとしているシュバインを見てストリクトはため息をこぼす。


「冗談が通じないのは相変わらずだな」

「こ、公爵?」

「私はお前を信用している。手を出していないことなど雰囲気で察せられる。ただまぁ、公の場であのような宣言をしたのはいただけないがな」

「申し訳ございません、お父様」 


 ストリクトに視線を向けられイザベルは謝罪した。


「気にすることはない。ただ……もう後戻りはできない……それはお前が一番身に沁みていることだろう」


 ストリクトの心配の言葉にイザベルは大きく深呼吸する。


「わたくしは男爵様をお慕いしております。後悔はございません」

「そうか」


 迷いのないイザベルの言葉にストリクトは目を見開いたあと、温かい視線を向ける。

 それは自分の娘の成長を喜ぶような、親離れしたことが少し悲しいと思うような、視線だった。


「……イザベル、自分の言動には最後まで責任を持つように」

「もちろんです」

「……ならいい。あまりフィスターニス公爵家の者として恥ずべき行いは控えるように」

「?!……はい!」


 イザベルは驚いていた。ストリクトの言葉はフィスターニス公爵家の一員だと許されたから。


 一度除籍された公爵家に立場を戻してもらえた。


 ……最後まで厳しい言い回しなのはストリクトらしい。シュバインは二人のやり取りに内心思う。

 自分に厳しく相手にも厳しい。だが、素直にならぬだけで根は家族想いの厳格者。


 数往復だが、イザベルとストリクトは手紙でやりとりしていた。イザベルは手紙が届くたびに嬉しそうな表情になる。

 久々に会った時、少しビクビクしていたのは手紙でストリクトの本質を知ったとはいえ、うまく話せるか不安な部分があったからだろう。少し会話を重ねただけですぐに不安は拭い切れていたが。


 どんな形といえ、気持ちを伝え合うのは大切だということだ。

 気持ちのすれ違いは勘違いを招いてしまう。


「シュバイン、娘がこれほど気持ちを固めた。応えないなど、あり得ぬよな?」


 話は移り、ストリクトはシュバインへ話しかける。最終確認のつもりなのだろう。


「もちろんです。……必ず幸せにします」


 こう宣言するのがベストだろう。変な言い回しや余計な言葉はこの場においてはいらない。

 シュバインの気持ちは固まっていた。


 10年の長い付き合いだからこそ、下手な言い回しは機嫌をそこねる。特に家族のこととなるとストリクトは厳しくなる。


「もしも娘を悲しませるようなことが起きようものなら、……抹殺は視野に入れている。覚悟するように」

「……あはは。公爵様もご冗談うまいですなぁ」


 突拍子のない言葉にシュバインはまた、冗談なのだと判断した。

 また、自分を揶揄っているのだろうと。


 だが、ストリクトの視線は厳しいものになる。


「……こ、この命にかえて必ずイザベル様を幸せにします!」


 察したシュバインは立ち上がり左胸に手を置き宣言した。それは誓いの格好である。


「……頼んだぞ?……義息子シュバインよ」

「はい!」


 ストラストはそんなシュバインを見るや立ち上がると、最後に両肩に手を置き殺気がこもっていると勘違いするほどの剣幕で視線を向けた。

 時間が経つにつれ肩を掴む力が強くなる。


「うふふ」


 そんな二人にイザベルは笑みをこぼした。

 それはおかしなやり取りにではなく、父親が自分を大切に想っていてくれていることを再認識できたから。


「まぁいい。今日は疲れただろう。今日は休むと良い。王都にはしばらくいるのだろう?」

「は、はい」

「使者を行かせる。追って連絡する。二人で公爵邸に来るように」

「わかりました」


 ストリクトは最後にそう告げると部屋を後にした。

 シュバインとイザベルは準備を整えると馬車へ向かったのだった。






 夕日が沈み星が照らす夜空の下。

 揺られる馬車の中、二人の男女が向かい合い座っていた。

 リヒトの一件で二人の仲はさらに深まった。ただ、短時間に色々と事件が続いたせいか気疲れしてしまい無言であった。

 二人ともそんな時間にすら居心地の良さを感じていた。

 シュバインは緊張が解けた故にウトウトと舟を漕ぐ。


「あの……男爵様?」

「……ん?……何かな?」


 沈黙を破ったのはイザベルだった。

 シュバインは切れかかった意識を覚醒させ向き直る。


 視線を向けると彼女の膝の上に乗っている拳が少し強く握られ、視線はシュバインを見て視線が合うと離すを繰り返す。


 少し頬が赤い。

 シュバインは彼女が次の言葉を発するまで待つことにした。


「一つ……謝罪をさせていただきたいのですが」

「謝罪……ですか?」


 何か謝罪されるようなことをしただろうか。心当たりのないシュバインは首を傾げた。


「……ほら、わたくしと初めてお話しした時の」


 なかなか思い出せないシュバインにイザベルは率直に伝える。


「賭けの話です」

「……ああ、そういうことか」


 思い出すは2ヶ月前、イザベルと初めて話したあの日。

 確か約束は。


「賭けはわたくしの負け……ですわね」


 懐かしむイザベルは姿勢を正す。そして、シュバインに一礼しながら頭を下げた。


「疑って申し訳ありませんでした。……本当に男爵様がおっしゃる通りでしたね。お父様は本当に……娘にとことん甘くて、家族思いなのでしたね」


 それはかつてイザベルがシュバインに言われた言葉。 

 その花咲くような笑みは一生忘れない、シュバインは込み上げる温もりを感じたのだった。


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