婚約お披露目会は王太子主導のもと執り行われる。
突然の婚約者が変わったこと、これは前代未聞であり今回参加するほとんどの高貴の者たちはどんな人物なのか、期待度が高いらしい。
かの、フィスターニス公爵家のご令嬢と婚約破棄をしてまで婚約をした人物。由緒ある貴族学院で唯一の特待生、どのような優秀な人物であるのか、社交界はその話題で持ちきりであった。
だが、そんな会場前の大きな扉の前で足取りは重く、ため息をこぼす男がいた。
「はぁ……場違い感が……」
「男爵様、しゃんとなさってください」
表情のすぐれないシュバインをイザベルは活を入れる。
数年ぶりの社交界だ。シュバインの心臓はバクバクと鳴り、手足が鉛のように感じていた。
「僕って社交界ではブタ男爵とか侮蔑されてたんだよね」
「今の男爵様はお痩せになってカッコよくなりましたから、自信をお持ちください!」
「……僕ってそこまで容姿が優れているとは思えないんだけど」
素直に褒められたことが嬉しかったのか、シュバインは軽く頬を掻いた。
そんなシュバインにイザベルは少し微笑みながらいう。
「社交界で多くの子女と相見えてきましたが、男爵様の容姿はどの殿方より優れております。このわたくしが言うのです。自信をお持ちになってください」
「あはは……過分な評価だな」
「わたくしは事実を述べたまでです」
再び苦笑い。だが、たった数言交えたのみだが、シュバインの緊張は収まる。平常運転になりかけている。
シュバインは大きく深呼吸する。吐き出すことで、緊張による鼓動も落ち着く。
「はぁ……少し落ち着いたよ」
「よかったですわ。わたくしをエスコートするのですから、それに相応しく振る舞ってもらわなければいけません」
「……ああ。そういえば、緊張しすぎて一番大切なことを忘れていたよ」
「なんでしょうか?」
イザベルは疑問を上げる。
それは男性が女性に言わなければいけない言葉。
シュバインはイザベルに対して準備して宿からパーティ会場についた後も言葉をかけなかった。
それほど緊張してしまっていたと言うこと。
イザベルの姿はネックラインを大きく開いて肩を出して見せるオフショルダーの淡いピンク色のドレス。
その姿は初めて見た真紅のドレスに比べ大人びている。
ドレスの胸元から見える豊満な胸に、みずみずしく、うるおいと透明感のある白い肌。
シュバインが息を呑むほど美しい。
「その……とても似合っているよ」
「……ふぇ?」
予想外からか、目を丸くするイザベル。
唇か僅かに震えながら返答する。
「そ……そんなお世辞はおやめ……ください」
「もしかしてイザベル様……褒められるの慣れてなかったり……」
イザベルの反応は先程までハキハキと話していた態度と違っていた。
「と、とにかく。これから敵地に乗り込むわけですが」
「物騒な言い回しだね」
「……エスコート、よろしくお願いします」
「……わかりましたよイザベル様」
イザベルが無理やり話を切り替えたため、やれやれと言わんばかりにシュバインは右手を腰につける。
脇の間に空洞を作る。イザベルはシュバインの脇下を通すように絡める。
「いこうか」
イザベルは黙って頷く。二人は扉を開け会場に足を踏み入れた。
パーティ会場は華やかであった。
天井中心に宝石や金銀が散りばめられているシャンデリア。壁は煌びやかな装飾品が飾ってあるまさに豪華絢爛。
そんな華やかな会場には……何故か多くの参列者がいた。
「……あはは、初っ端から最悪だ」
「……」
奇異の視線に晒されたシュバインの頬が引き攣る。イザベルも現状を把握できず沈黙している。
普通、爵位の低い順に入場をする習わしだ。
細かいルールはあれだが、基本は騎士爵、男爵、子爵、伯爵、侯爵、公爵の順に会場に入る。
パーティの最中、下級貴族は目上の貴族に自分から話しかけてはいけない。などなど。
暗黙の了解が存在していた。
だが、何故か会場にはすでに参加者全員揃っていた。
ここでわかる原因は。
「……嘘の時間を教えてきたな」
招待状に記載された時間は誤ったものだった。招待状には何時ごろに来るようにと時間指定されていることがある。それは貴族間のいざこざを無くすためや、高位の貴族が早く来すぎないようにと対策が練られる。それを逆手に取られた。
会場が静まり返り、まだ誰も来ていないと勘違いしたのだろう。
「男爵様、いきましょう」
「え……でも」
「わたくしたちは何も誤ったことはしておりませんから」
組んでいた腕に力が入ったことを感じるシュバイン。イザベルは僅かに震えていた。
本心は怖い、でも強気でいられるのは近くにシュバインがいるから。
「ごめん、どうかしてた」
「いいえ。わたくしも……お力添えいただいておりますので」
二人とも状況整理ができぬまま動揺する。それでも互いに言葉を掛け合い落ち着きを取り戻す。
そのままゆっくりと歩み進める。
まずは謝罪しなければいけないだろう。王太子もいる。高位貴族もいる。
シュバインは内心やるべきことを整理しながら重い足取りで集団へ向かう。
だが、近づくと何故か集団がシュバインとイザベルの道を作るかのように割れる。
「……何かおかしい」
シュバインは思わず呟く。
向けられた視線は軽蔑でも侮蔑でも呆れでもない奇異や疑問。
何故そのような視線を向けられているのか分からず歩みを止める。
シュバインは集団が二つに分かれ示された道の先に見えた人物が視界に入る。
先に見えたのは二人の人物。
一人は赤い髪に整った顔立ちをしている長身の男と男の後ろに隠れている茶髪の愛嬌ある小柄な女。
「そんなところに突っ立ってないでこっちに来い。貴様に常識がないことはここにいるものは承知しているのだから」
横暴でどこか見下したように発言したのは赤髪の男……王太子のリヒト゠シュタールブルクだった。
クスクスと馬鹿にしたような笑いが会場内で小さく響く。
「……本当に君の元婚約者は性格が悪いらしいな」
「……」
シュバインはため息交じりに呟く。
イザベルも察したのか無言で警戒をする。
この図られたような状況。パーティ会場への誤った時間指定。
会場にいる貴族たちの雰囲気に、傲慢にも見下すリヒト。
「イザベル様、ここから先はどうなるか分からない」
「何をおっしゃいますか。元より予想できていたことではありませんか。覚悟は来る前より出来ております」
シュバインはイザベルに忠告を入れるが、遮るように言葉を遮られる。
「わたくしは過去に区切りをつけるためここへ来たのです。引き返す気はありません」
「わかったよ」
力のこもったイザベルの言葉に杞憂であったと意識を切り替えるシュバイン。
イザベルは「それに……」と前置きをする。組んでいた腕に力が籠る。
「わたくしは一人ではありませんもの」
やはりイザベルも怖いのだろう。それでも二人ならば大丈夫。そう自信を持って発した言葉は彼女なりの覚悟の現れだった。
「そりゃ心強い。では行こうか」
彼女の覚悟や決心を無下には出来ない。シュバインとイザベルはリヒトの元へ歩み進めた。