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第8話 王都にて

 シュバインの元へ招待状が届く一週間前のことだった。


「……どうしたものか」


 シュタールブルク王国内では王宮に次ぐ、面積を誇るフィスターニス公爵邸の執務室で両肘をついて考え込む一人の40歳後半の男……ストリクトがいた。

 考え込む原因は言わずもがな、リヒトの暴走によるものだった。


 リヒトとイザベルの前代未聞の婚約破棄。


 王太子が平民との電撃婚約。


 まだどのような人物か、未発表であったものの、社交界で宣言された事実がある。

 貴族学院の特待生であるという情報は広がっていた。


 国内でそこまで騒がれなかったのは、ストリクトの手腕によるものだろう。


 ストリクトはリヒトの暴走を知った直後から情報収集、他派閥への根回し、沈静化を図った。


 ストリクトが動いていなければ、最悪暴動なんて可能性もあった。国内の主権争いは隙があればつけ込まれる。派閥争いは過激である。中立派を宣言している第二王子派と協力しことなきを得た。

 リヒトの独断はそれほど危険なものであった。

 やっとひと段落ついた。


「……次から次へと……はぁ」


 そして、ため息をつく。ストレスの現れだろう。

 不眠不休で働いていたため、問題が一つ増えたことでさらに頭を悩ませる。

 思い返すは王都の中央貴族が集まる中行われた国王……イディオとリヒトの話し合いであった。


『陛下!俺は何も誤ったことはしていない。大罪人が次期王妃となるのは如何なものかと!』

『だがのぉ、イザベル嬢は幼き頃より教育を受けておる……聡明なあの子がーー』

『俺とイザベル、どちらを信用されるのです!証言も証拠も全て揃っています!』

『うーむ……どうしたものかのぉ』


 なかなか決断を出せぬ国王は息子に甘い。

 リヒトが独断で婚約破棄したことに頭を悩ませたイディオだったが……。


『人間……一度は罪を犯すものというしの。……公務も経験を積めばあるいは……さて、どうするべきかのぉ』


 これを機に更生してくれればいいと甘い考えを持つ。

 公務はブルーメが努力すれば良い。優秀な家臣がいるからその者たちが支えれば大丈夫。

 そんな甘い結論を示した。だが、イディオ自身も納得していない。だが、決断を下せない。だから、ストリクトへ視線を向ける。

 息子に甘いことは自他共に認めているイディオ。ならば、被害者である、ストリクトにも意見を聞くのが筋だろうと考える。


『陛下、少々お待ちを』


 意図を察してストリクトは待ったをかけた。このまま有耶無耶にしてしまってはシュタールブルク王国の行末が危うい。

 リヒトは王太子としての能力は優秀だが、自信過剰で横暴な性格という欠点がある。

 それが今回のような事件を起こした一因になったのは確か。

 だから、ストリクトは自分にとって最良な選択を考える。


『陛下、王太子殿下。失礼ながら進言をさせていただきます』

『なんじゃ?ストリクトよ。申してみよ』


 発言した時、リヒトはストリクトを睨んでいた。余計な口を挟まれたことで苛立っていたのだろう。

 文句を言わなかったのはイディオはストリクトに最も信頼を寄せていることを知っているから。


『新たに王妃候補となったブルーメ殿に公務をこなすのは困難とお見受けします。娘はリーヴ男爵領におりますが、療養は終えており、即日社交界へ復帰できます。公務が出来ぬのであれば補填として、イザベルにさせてはいかがでしょう』

『公爵!何を勝手に!イザベルがブルーメに何をしたか知らぬわけではなかろう?!』


 リヒトからしたらストリクトの提案は受け入れられぬことだろう。

 第三者から見てもストリクトの提案は問題を解決するための最善手である。だが、逆に言えば残酷なこと。

 まず、リヒトの暴走で解決すべき問題は王妃としての公務をこなせる人材を確保すること。ブルーメの努力次第では解決できないこともないが、本来、数年単位で身につけるべき教材や作法のため、困難。

 リヒトも貴族学院卒業と同時に国王となるための公務が始まる。

 国外へ赴き、他国との縁を結ぶ。

 王太子妃は公務へ同伴し、貴婦人たちとのコネクションはもちろん、王太子を支える役目がある。

 その点、イザベルは幼少期より、学んだ知識、身につけた作法がある。

 これほどまでに適した人材はイザベルの他いない。


『……ストリクトよ……それが最善手であることは認めよう。しかし、親としてはどうなのじゃ?……イザベル嬢に残酷なことをさせようとしておることは自覚しておるのか?』

『ええ。しかし、こうなったのは娘の責任でもある。いつまでも責任逃れをさせるわけにもいきません』


 イディオの懸念に対してもストリクトは迷うことなく答えた。そこに肉親としての同情も、心配もない。

 父親としてなんと残酷なことをさせようとしているのか。

 この場に他のものがいるならば、全員が、ストリクトはなんと酷いやつなのだろうと、考えるだろう。

 だが、これほどまでに娘に対して厳しくするのは理由がある。


 実はストリクトの本当の狙いがあり、娘を想う親だからこその提案だった。


『そこまで言うなら……しょうがない。イザベルとまた婚約してやろう。ブルーメからは俺からーー』

『何をおっしゃっているのですか殿下?今回の件、まさか責任逃れをされるつもりですか?』

『……は?』


 リヒトは疑問をあげた。身構えてもいる。

 遮るような発言には威圧すら感じたのだろう。


『な、なんだ公爵その物言いは!』

『殿下は一度、自身の言動がどれほど影響を及ぼすのか、理解された方がいい』

『な、何を』

『社交界で婚約破棄をするなど、前例がない。第二王子派との派閥争い、暴動なんて危険があったことは自覚されてますか』

『起きなかったからいいではないか!』

『それは私が手を回したからに他なりません。何より、あなたは我がフィスターニス公爵家に傷をつけた……正式な手続きを踏んでさえいれば、このようなことにはならなかった』

『そ、それはブルーメを想ったからで』

『……もっと自身のお立場を理解なさってください』


 一喝された、リヒト。

 何より、感情を表に出すことなく冷淡に逃げ道を塞ぐような、問いかけはある種の恐怖すら覚える。

 ストリクトも公爵家の当主、感情を表に出すことはない。

 そして、ストリクトはリヒトが自分への態度に引け目を感じたところで、煽るように言う。


『殿下……次期国王となる貴方は精算するべきではないでしょうか?実を言うと、他の貴族たちには皆が納得する、落とし所を用意すると通知すると通告を出しました。このままでは貴族派が黙ってないでしょう』

『……何が言いたい』

『簡単なことです。……誰もが納得する結果を示せば良いだけです。できなければ殿下には王太子の座を降りていただきたい』


 リヒトは呆然としてしまった。

 あまりにも王族への言動でない。このようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。

 だが、この場にいるイディオは咎めることはしない。

 リヒトの危機感の欠如、王族としてはあるまじき愚行。


『ストリクトよ。では、お主の考える皆が納得するにはどうすれば良い?』


 リヒトが口を挟む前にイディオは問いかける。


『娘と再度婚約すれば良いこと。娘も殿下を慕っていたことはご存知でしょう?』


 悪魔のような煽り、イディオは一通りのやり取りからストリクトへ抱いたことだった。

 だが、煽られるような言葉にリヒトは了承した。


『いいだろう。イザベルを許して婚約してやれる。簡単なことだ』


 一連の流れがあり、リヒトはリーヴ男爵領へ招待状を送った。


「イザベルはどのような答えを出すのか……」


 ストリクトはリヒトとのやり取りを思い返すとため息をこぼす。

 リヒトを煽ったのは娘……イザベルのためであった。 

 イザベルが物心つく前に母を亡くした。

 ストリクトは妻を亡くしたショックから、しばらく距離を空けていた。イザベルの顔を見ると、妻を思い出してしまうから。

 どう接すれば良いかわからず、侍女に育てさせた。関わることは最低限にとどめた。

 そのせいで、イザベルとの距離感がわからなくなってしまった。

 だが、イザベルのためにと、さまざまな教育を受けさせた。

 今では手紙のやり取り、シュバインが間接的に誤解を解いたため良好になっているが。


 ストリクトは知っていた。

 昔からイザベルは心からリヒトを慕っていたことを。

 落ち込む娘が心配で、王都から無理やり引き離したが、彼女が今までリヒトのために努力を重ね続けたのも事実。


 もしもイザベルがリヒトのことをまだ想っていたら?

 なるべくイザベルの想いを尊重したいと考えた。

 だから、娘に後悔しないよう選択肢を与えることにした。


 リヒトを選ぶか、その他を取るか。

 イザベルに最終決断を委ねたのだった。



 後日、リヒトはストリクトとの条件を果たすためシュバイン宛に招待状を出したのだった。

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