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第5話

 1ヶ月も関われば人となりはわかってくる。

 シュバインのイザベルへの印象は変わった一面のある心優しい女の子だった。



 彼女は少しずつだが、元気を取り戻した。

 彼女の過ごし方は食事以外は基本部屋で本を読むことが多い。

 本に関しては持ち込んだ自分のものか、リーヴ男爵家の本を借りて読む。

 リーヴ男爵家の書斎は決して豊富ではないものの、貴族学院で学べる内容の基礎的な本はある。

 それでも時間潰しの目的で同じ本を読み込んでいた。

 慣れぬ場所故、人と関わるのは最低限。今の彼女の部屋はいわば心休まる唯一の安全地帯になっている。


 来た頃より、元気になってはいるもののシュバインの表情は曇っていた。


 現在、夕食の時間。

 食堂でテーブルを囲みシュバインとイザベルは共に食事をしていた。

 黙々と食事をする彼女だが、料理を食べるとき、笑みをこぼす姿……その食事姿こそがシュバインの悩みの種であった。


「……申し訳ございません。その……おかわりをいただけないかしら?」

「……かしこまりました」


 イザベルは引き攣った笑みをする配膳当番のメイドに頼み、料理のおかわりをした。


 順に説明すると、彼女は大食らいなのだ。

 今、おかわりしたのも4杯目に入ろうとしていた。


 時は遡ること三週間前だった。

 発熱から復活した彼女は元気になった。

 彼女と共に食事をしていた時、イザベルは用意された食事を終えた。


「イザベル様、どうかしたのかい?」

「いえ……その」


 食べ終えた後、ソワソワしていた彼女にシュバインは気にかける。

 その時は早く退室したいのだろう、そう思ったシュバインは。


「僕のことは気にせずにお部屋で休んでも大丈夫だけど」

「……はい」

「どうかしたのかい?」


 シュンと落ち込んだ彼女に疑問符を持つ。

 回復食を終え、やっと食べられた食事だからなのか、彼女は一口食べるたびに微笑んでいた。

 だが、今の彼女はその笑みは無くなっていた。


「では失礼します」


 彼女が一礼して退室しようとした。


――くぅぅぅ


 その時、どこからか腹の虫が静かな室内に響いた。

 その音の発生源はというと。


「……いや……これは、その」


 イザベルであった。

 彼女は恥ずかしさから、リンゴのように真っ赤な顔でシュバインを見る。

 彼女は何故か必死に誤魔化そうと手振りをするが、言葉が詰まっていた。


「ぶ……あははは」


 シュバインは腹を押さえて笑うと同時に納得した。

 彼女は食べる時に幸せそうな顔をした。

 食べ終わった後、落ち着きがなかったのは足りなかったから。


「わ、笑うこと……ないではありませんか」


 彼女は恥ずかしそうに言った。声が少しずつ小さく、委縮している。

 それからその反応に対してツボに入ってしまったシュバインは笑っていたが、少し挙動不審の彼女に窺った。


「どうされました?」

「……あの……咎めないのですか?」

「え……何故?」


 その質問の意図がわからないシュバイン。

 彼女は説明する。


「……わたくしが公爵邸にいた時、お腹を鳴らしてしまった場合、お父様から叱責されておりました」

「フィスターニス公爵邸ではそう言ったところは厳しいでしょうね。僕も公爵様と会食した時よくご指摘いただきました。懐かしい」


 説明に納得したシュバインは安心させるために言葉を紡ぐ。


「食欲は人間の三大欲求の一つです。うちでは気にせず、いっぱい食べても大丈夫です。満足されるまでおかわりしてください」

「……そんな、はしたないですわ」

「ここは公の場ではない。田舎故、周りの目もない。フィスターニス公爵邸では食事の作法など厳しかったでしょうが、ここでは指摘する人はいない。……それに僕の体を見てください」


 シュバインの言葉に彼女は視線をあげる。シュバインはやや引っ込んできている腹を叩きながらこう言った。


「今はダイエット故、おかわりを我慢してますが、イザベル様が来るまで僕は毎回のようにおかわりしてました。なので、おかわりをすることは気にせずに。ここでの食事はおかわりすることは当たり前、証拠に僕がしなくなったら使用人たちは体調の心配していたでしょう?」

「……そういえば」


 イザベルは少し考えるそぶりをして納得していた。

 シュバインが食事制限を始めた(おかわりをしなくなった)当日、使用人たちは血相を変えていた。挙句、医者を屋敷に呼んできたりもした。

 すぐに収束したが、屋敷内では結構な騒ぎであった。


「よそはよそ、うちはうちです。ここでは気楽に過ごしていいんですよ」


 すぐには無理だろうけど。そう考えたシュバインだった。

 一週間過ごしてきて、彼女は少し頑固なところがあるとわかっていたから。

 小さい頃から当たり前で過ごしてきた習慣がある。常に視線を意識した洗練された所作は崩れることはない。生まれて育った当たり前の環境が変わっても染みついたものはそう簡単には変わらない。


 多分、気楽に過ごしていいと言っても納得しないなと思っていた。

 だが、彼女はシュバインに言われたあと葛藤していた。


「……お言葉に甘えさせていただきます」

「え……あ、うん」


 イザベルはゆっくりと席に戻った。

 食欲を優先したって感じかと考えた。


 一瞬面食らったシュバインだったが、近くに控えていたメイドに指示を出す。


「料理長におかわりを用意するように伝えてくれ」


 指示を出すとメイドは即座に行動した。

 料理が来るまで時間がある。

 シュバインはふと何か雑談できないか考える。


「イザベル様、差し支えなければ、ご実家ではどうしていたのかお聞きしても?その、公爵邸で出された料理だけでは足りないと思うのですが」


 答えてくれるかわからないが、シュバインはとりあえず質問してみた。

 イザベルは少し考えるそぶりを見せる。


「……その……わたくしに理解がある方がおりまして……お夕食後に、食べさせていただいておりましたの」

「……そうなのですね。お優しい方がいて良かったですね。どのような方なんですか?――」


 この会話がきっかけだった。

 返答に嬉しくなったシュバインは敬語をやめた。積極的に質問するようになった。

 また、自由に過ごして良いと言われてからイザベルはコルセットを着用したお硬いドレスよりも少しルーズに過ごせるワンピースで過ごすようになった。


 少し、枷が外れたようだ。まぁ、お腹いっぱい食べるための服装のようだが。

 イザベルは食べることが大好きな女の子なのだ。


 それから1ヶ月、毎日のように朝、昼、晩お腹いっぱいになるまでおかわりを繰り返すようになったイザベル。

 公爵邸にいた時は定期的な運動(ダンスや作法)をしていたが、リーヴ男爵領に来てからは運動せず食べるばかり。


 結果は言わずもがな、体にお肉がつき始めてしまうのは明白であった。

 他にも理由を挙げるならば、王都にいた時の料理よりも美味しかったということあるだろう。

 食事中に少し雑談を交わす中で知り得た情報。

 でも、流石にこれ以上はまずい。


 今もなお、笑みを浮かべ食事をするイザベルの姿に、シュバインは彼女の首元のお肉を見ながらそう思った。目立つほどではない。

 だが、それを指摘してしまっては笑顔を歪めてしまうかもしれない。


 でも、自分がしている苦しみ(ダイエット)を彼女には体験して欲しくない。


 シュバインは自身の体を見ながら思う。

 彼はグレンの監視主導のもと、食事制限とオーバーワークのダイエットにより筋肉で引き締まった体を手に入れていた。

 ただ、お腹周りのお肉は残っているものの、それも時間の問題だろう。


 シュバインは自分のキツかった過去を思い出して身震いをする。


「男爵様、顔色がすぐれないご様子、どうかなさったのですか?」


 イザベルからそう聞かれた。


「へ?……いや、なんでもないです」

「……体調が優れないのですか?顔色も少し悪いですわ」


 シュバインは誰の目から見ても明らかに考え込んでしまったようだ。……この際だ、決死の覚悟をきめよう。誰かが言わねばならない。


「イザベル様……お聞きください」

「はい?」


 イザベルはいつにもなく真剣な表情のシュバインに首を傾げる。

 シュバインは深呼吸をした。彼女を傷つけないように慎重に言葉を選ぶ。


「一度、ご自身のお腹と顎あたりを触ってみてください」

「え?……はい」

「その……少し肉がついてきたのではありませんか?」


 イザベルはシュバインの指摘されたあと、部位に触れる。ストレートしすぎる女性へのデリカシーのかけらのない発言。


 彼女は一揉み、もう一揉み……そしてもう一揉み、繰り返すうちに顔が青ざめていく。


「……明日、村に視察に行く予定なのですが一緒に行きませんか?ちょっと遠いですが、お見せしたい景色がありまして」


 シュバインは遠回しに運動しましょうと伝える。

 その意図を汲み取ってか、イザベルはゆっくりと首を縦に振った。

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