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第2話


 フィスターニス公爵からの手紙を受け取り数日が経過した。  

 手紙には、いつ頃到着すると大まかに記載されていたため、出迎えるためにグレイと共に屋敷の出入り口で待機をしていた。


「この先……どうなることやら」

「……予測できませんね」


 二人の表情は少し暗い。

 まず、公爵家のものが男爵の田舎に来る事例はない。


 フィスターニス公爵家は人口数千人規模の大きな街を、いくつも治めている

 小規模な村を三つ治めているリーヴ男爵家との規模は比べ物にならない。


 しかも、リーヴ男爵領に向かっている公爵令嬢は、幼い頃から王太子妃になるため教育を受けてきた公爵令嬢。箱入り娘では、過ごしづらい空間だろう。

 二人が懸念しているのはその部分だ。箱入り娘の公爵令嬢が暮らしていけるのかということだ。

 突然の頼みとは言え、フィスターニス公爵家には返しきれないほどの恩がある。

 シュバインはストリクトの要望になるべく添いたい。

 だから、今できる最善を考え準備をした。屋敷の掃除から、職員の身嗜み指導などなど。

 行った準備は多岐にわたる。


「旦那様、フィスターニス公爵令嬢はどのような方なのでしょうか。確かご存じでしたよね?」

「知っているけど……あまり関わりはなかったから分からないかな。……少し横目で見たくらいだから、人となりはわからないよ」

「左様ですか……事前情報では、相当傲慢な方と認識しておりますが」

「そうかなぁ……」


 シュバインはフィスターニス公爵令嬢がどういった経緯で婚約破棄を言い渡されたかを知っている。

 貴族学院で特待生の平民を虐めていたことが原因らしいが……あまり先入観を持つべきではない。


「だけど、彼女は昔から明るく誠実な人だった。笑顔が絶えない元気な子供だった。傲慢……ではないと思うけど……ああ、よくわからないな。一体何があったのか」

「社交界デビューして性格が変わる人もいますから」

「……確信のない過程の話はやめようか。マイナス思考になってしまうからね」


 二人は思考がマイナス方面に進んでしまっている。

 シュバインは仮定で話を進めるのは良くないと判断。それに、もう一つ心配なことがある。

 どちらかと言えば、こちらの方が的中して欲しくないだろう。


「それにしても、ご令嬢が心配だな」

「どういうことですか?」


 疑問符をあげるグレイ。シュバインが心配していることはご令嬢自身。


「婚約破棄されただけでなく、僻地に飛ばされる……だいぶ堪えるだろうね」

「……なるほど」

「今までエリート街道を通ってきた子が挫折。世間を知らない弱冠18歳の子供だ。……だから心配なんだよ」


 グレイはなるほど、納得するそぶりを見せる。


「はぁ……公爵閣下も粋な計らいをしてくる」

「……嫌味がお上手なことで」


 馬に乗った騎士を引き連れ、フィスターニス公爵家のシロタエギクの紋章の入った一回り大きい豪華な馬車が見えたことで、二人の会話は途切れる。

 シュバインの嫌味も同意するグレンであった。



「リーヴ男爵様、お初にお目にかかります。フィスターニス公爵家息女、イザベル゠フィスターニスと申します。これからお世話になります」


 馬車から降りてきたのは、幼さが残っているが、美しい少女であった。

 腰まで伸びた綺麗な銀髪に、整った顔立ち。


 ああ、やはり一番望んでいなかったことが現実になってしまったか。シュバインはイザベルの姿を見て、不安がさらに募る、


 5年前からは想像できぬほど綺麗になったイザベル。だが、その面影はない。


 真紅のドレスを身に包む目の前にいる彼女は、濃い化粧でうまく誤魔化しているものの、不健康な体つき。

 平均的な女性よりも痩せている。窶れている。


 何より、目がうつろで覇気がない。

 もう自分がどうなってもいい、そう思っているようだ。

 シュバインは笑顔を作りこう告げた。


「……お初にお目にかかります。シュバイン゠リーヴと申します。遠路はるばる王都からお越しいただきありがとうございます。疲れたでしょ?我が領の空気は綺麗です。また、常に新鮮で美味しい食べ物が自慢です。まずはお身体を休められてはいかがでしょう!」

「……お気遣い感謝致します」


 イザベルに冷めた視線を向けられ、逆効果だったかもな……。シュバインは内心苦笑いした。

 視線の先は自分の膨よかなお腹だからだ。

 少しでも安心させるために声をかけてみたものの、返ってきたのは力のない言葉。


 世捨て人になりかねない、そんな危ない彼女にどうするべきかと頭を悩ませるシュバインであった。


 ……これは痩せなきゃまずいよな。初めて本気でダイエットを決意した瞬間だった。








 イザベルは屋敷に入り、書類上の婚約の手続きをしたあとは、部屋に閉じこもり静かに過ごしていた。

 イザベルを送った騎士たちは、王都へ引き返した。

 侍女一人も連れてこないのは、何事かと思ったが、それは事前に手紙で記載されていた。

 もともと、国外追放を受けていて、ストリクトが代案で出したのが、田舎追放。

 デブが統治する男爵領。娯楽もなく何もない田舎に連れて行かれたほうが罰になる、そう進言したとか。

 その時、王太子から知り合いを遣すことを禁止された。


 ストリクトとシュバインが知り合いであること、昔働いていたことは伏せてある。


 王太子はまんまとストリクトの思惑にハマったのだった。


 だが、一番大変なのはシュバインなわけで。

 どうにか彼女と話ができないものかと悩んだものの、無理強いは良くないと思いやめた。

 ただ、定期的に鍵穴から覗き込み、異変がないかだけ確認するように伝えた。


 今のところ異変は見られず、そのまま夕食の時間が近くなる。


「グレイ、ちょっと頼みがある」

「なんでしょう?」


 明らかに参ってしまっているイザベルを気遣い、シュバインは一声かけた。


「……料理長にこれを作っておくように伝えておいてくれないか?」

「……まさかまた……いや、承りました」


 また夜食ですか、と文句を言おうとするが、渡された内容を見て納得した。


 書かれていたものは料理のメニュー。


「必要になるかと思ってね。……僕の予想が正しければ彼女は……今夜の食事は食べれないと思うんだ」


 グレンは正午に見たイザベルの容体を思い出し、納得したのだった。


 明らかに不健康な体。しっかりとした食事を取れているか怪しい。

 だから、もしものことに備えた。


 その予想は正しかった。

 時が流れ、夕食の時間になった時、シュバインはイザベルを夕食に招待した。

 乗り気でない彼女だが、断るのも憚られたらしく同席をした。

 だが……。


「……申し訳ありません。ここの食事は高貴なわたくしの舌に合わないようです。お下げいただいても結構」


 彼女は料理を一口含むが、飲み込むことができず果実水で無理やり飲み込んだ。

 傲慢な口調は彼女なりの気遣いなのだろう。


 栄養が取れてない。このままじゃいつ倒れてもおかしくない。シュバインは頭を抱えたのだった。


 ちなみに食堂にはグレイと料理長もいた。

 料理長は現在放心状態。食事が不味かったと思われたのが相当ショックだったようだ。


 その誤解は後ほど、グレイが解くことになっている。


「リーヴ男爵様、お先に失礼致します」


 イザベルは断りを入れ、退室した。

 その一言を聞くとシュバインは危機を感じた。今の彼女は危うい。メンタルケアが必要だと。

 なら、今夜にでも部屋に行ってみよう。善は急げだ。

 警戒を解くための服装でいけば問題ないだろう。


 様子を見て話をしに行こうと考えたが、やめる。

 今は無理矢理にでも話す時間が必要で、少しでも寄り添える人間が必要。おそらくそれができるのはリーヴ男爵邸ではシュバインだけだ。昔からストリクトと関係があり、受け取った手紙がある。

 考えを改め彼女の部屋を訪ねた。


「……その醜態でわたくしに近づいたら、わたくしは自ら命を断ちます」

「……えぇぇ」


 ……どうすんだよこの状況。


 戸惑うシュバインが出くわした状況、涙目でベッドの前で両手で万年筆を構えるイザベルの姿だった。

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