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コインランドリー

 そのコインランドリーに通うようになったのは、ほんの偶然からだった。

 ぼくの家の洗濯乾燥機の調子が悪くなってしまったからだ。そう最初は洗濯機の修理が終わるまでのつもりだった。

 その後知ったのだが、コインランドリーの稼ぎ頭というのは、洗濯機ではなく、意外にも乾燥機なのだそうだ。外干しできない環境が増えたからだろうか。

 ぼくの使う午後2時になると、必ず彼女が乾燥機を使いにやってくるのだ。歳の頃なら、ぼくと同じか少し上ぐらいに見える。こんな時間にランドリーに来るのだから、女子大生だろうか。栗色の長い髪、大きな瞳、長い手足、細い指・・・・・・。

 ぼくは彼女に逢いたいがために、このコインランドリーに足を運ぶようになっていた。パイプ椅子に座り、雑誌を読むふりをしながら、彼女の一挙手一投足を眺めるのが日課だ。彼女は乾燥機に衣類を詰めて、乾いた音でコインを入れて店を出る。ぼくは見るともなしに、極彩色ごくさいしょくの衣類がメリーゴーランドのようにぐるぐる回るのを眺めるのが好きだった。

「どんな下着をつけているんだろう・・・・・・」などと、妄想が夏の入道雲のように広がるのを面白がっていたのだ。

 そんなある日、乾燥機が停止したのに彼女が帰って来ない日があった。メリーゴーランドは今度はバイキングのように弱々しくスイングしていたかと思ったら、最後にはくたびれた大型犬のように静かに伏せしてしまうのであった。

 午後2時とはいえ、このコインランドリーは人気らしく、ひっきりなしに新しい客が訪れる。彼女の使っていた乾燥機以外は回っているので、乾燥機を使いたい客がいたら彼女の衣類を出して使うことになるだろう。

 壁の張り紙には、“恐れ入りますが、終了したお洗濯ものが残っていた場合には、各自で備え付けの籠に取り出してください”とある。

 そこへ、ロックバンドをやっているような革ジャンに、クロムハーツの腕輪をジャラジャラ鳴らしながらパンク男が店に入ってきた。

 まずい。彼女の衣類をあんな男に触れさせるわけにはいかない。とっさにぼくは立ち上がり、籠かごを持って彼女の使っていた乾燥機の扉を開けた。柔軟剤のいい香りがする。一度すべての洗濯ものを籠に移すと、自分の洗濯物をドラムに放り込む。

「ちっ」とパンク男の舌打ちが聞こえてきそうだ。

 しばらくキョロキョロしていた男はランドリーバッグを持ったまま出て行った。備え付けのテーブルに籠を持って行くと、なぜかそれらが愛おしくなり、一枚一枚たたんでしまった。

(彼女、こんな下着をつけていたのか)と、期待と罪悪感の入り混じる虚構の境地に入る。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「先日はありがとうございました」

 いつものコインランドリーに彼女が現れて、ペコリと頭をさげた。

「はい?」

 ぼくは雑誌から顔をあげて彼女の顔を見上げた。

「コインランドリーのオーナーさんに録画ビデオを見せてもらって。あの日、急に母が倒れて洗濯ものを取りにこれなかったんです。助かりました。わざわざ、たたんでいただいたんですね」

「あ、いや、ぼくアパレルに勤めていたんで、クシャクシャの服を見るとおもわずクセでたたんでしまうんですよ」

「で、実はわたし、下着ドロボーGメンなんです」

「え?」

「最近ここのオーナーさんに下着を盗まれることが多いので依頼されていたんです」

 彼女はぼくに腕を絡ませてきた。

「ぼ、ぼくは下着ドロボーなんかじゃ」

「違うのよ。1枚増えてたの。これからお返ししたくて。いいでしょ」

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