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地ビールで乾杯

「げっ。何これ。香料、効きすぎじゃネ」

 亜祐あゆの第一声がこれだった。

「それ香料じゃないってば、地元のホップとかの香りだよ」

「ホップ?でもマズ。亜祐、普通のビールがいい」

 亜祐の言う普通のビールとは、ピルスナータイプのことである。ピルスナーとはラガー酵母を低温5度で下面発酵させた黄金色のビールのことだ。

 大手のビール会社が製造しているのは、だいたいこのタイプになる。ゴクゴク飲んで、喉越しの苦味を味わうビールがこれに当たる。

 それに対してぼくが造ろうとしている地ビールは、エールタイプである。

 『IPA(インディア・ペール・エール)』という言葉をご存知だろうか。

 18世紀、イギリス人がインドにビールを輸送した。ところが輸送されたビールはインドに到着するまでに全て腐ってしまった。そこで考えられたのが、防腐作用のあるホップを大量に使ったビール、それが『IPA』というわけだ。

 地ビール工場は小規模なのでそれほど多くの量を製造できない。また、なるべく品質が安定していて、長期に渡って飲めるビールが望ましい。だから下面発酵のラガー酵母ではなく、高温20度で上面発酵させるエール酵母を使う。そもそも地ビールは亜祐の好きなゴクゴク飲むタイプのビールではなく、ワインのように香りと深みを味わうためのビールなのだ。

 ぼくは、亜祐が納得する地ビールを作り、世間に認められたところで彼女にプロポーズしようと思っていた。


 そこである作戦を考えた。IPAがもともとインドに輸送するために開発されたビールなのだから、インド人の好きなカレーに合うビールを醸造したらいいのではないか。そこでインド料理店でコックとして働いていたインド人留学生を引き抜いてきた。

「クリシュナ・ハリスと申します。よろしくお願いします」

 礼儀正しい爽やかで瞳の綺麗な好青年である。彼なら亜祐も嫌がらないで協力してくれそうだった。

 ハリスは、ぼくの作ったビールの改良に貢献してくれた。3年の歳月をかけて醸造に成功したビールは次のようなものだった。

 ビーフカレーやキーマカレーに合うように、赤ワインに近いエールビールを開発した。亜祐は甘いワインが好きなので酸味を抑えた甘口のビールに仕上がった。

 次にバターチキンカレーに合うような白ワイン風のビールを開発した。

 さらにグリーンカレーに合う梅酒のような香りのするビールの開発に着手した。

「これならどう?」

 不安そうにぼくとハリスが亜祐の顔をのぞきこむ。

「うん。おいしい!このカレーに合う。最高だよ!」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ぼくらの地ビールはようやく世間から認められる存在になって行った。ぼくは当初の予定通り、亜祐にプロポーズすることに決めた。

「亜祐、あのさ。ぼくらのことなんだけど・・・・・・」

勇平ゆうへい。このビールを結婚式の披露宴で出していいかしら。絶対うけると思うの」

「え、誰の?」

「ハリスとわたしのに決まってんじゃん」

「え・・・・・そうなの。おめでとう。とってもいいと思うよ」


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 ぼくはエールビールの栓を抜いて一気にのどに流し込んだ。ほろ苦さが口の中いっぱいに広がった。

 この苦味はビールの味なのだろうか、それとも・・・・・・。

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