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悪夢

「あなた、だいじょうぶ?」

 妻に揺り起こされたとき、ぼくは全身汗びっしょりだった。

「また夢を見たの?」

「ああ・・・・・・」ぼくは妻の細い肩を抱き寄せた。「ごめん。またうなされてた?」

「ええ」


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 ぼくたち夫婦は結婚を機にバイクを降りた。

 なぜなら、結婚前に妻の兄がバイクで亡くなったからだ。家庭を持つ身となったら、事故と隣り合わせのバイクは家族にとって不安材料以外のなにものでもない。

 話しは変わるが、独身時代ぼくはかなり多くの女性にモテていた。でもあの頃のぼくは女性よりもバイクに夢中だった。女性に興味がないと思われたのか、今度は男性からも言い寄られる始末だ。

 そんなある日、今の妻が目の前に現れた。女性ライダーだった。カッコ良かった。ヘルメットを脱ぐと、サラサラと長い髪が風になびいた。ぼくは猛烈に彼女にアタックして、ようやくオーケーを貰った。

 その後だ、彼女の兄がバイクで事故に巻き込まれてしまったのは。

 ぼくは結婚後、しばらくして悪夢にうなされるようになった。目の前のバイクに乗ろうとすると、地面から伸びてきたつたが手足に絡まって身動きが取れなくなってしまうのだ。

「くそ!」

 ぼくが必死でもがいていると、いつも妻がぼくを揺り起こしてくれる。

「あなた・・・・・・」

「だいじょうぶだ。また夢を見ていた」

 じっとり汗をかいていた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「あなた。ちょっと来て」

 その日はぼくたちの結婚記念日だった。玄関の外から、妻がぼくを呼んだ。

「どうかした?」

 ぼくが表に出でると、そこにはバイクが2台並んでいた。

「どうしたのこれ」

 ぼくは思わずバイクに近づいた。バイクは250CCのレトロなアメリカン・タイプだった。

「いいのよ。もう我慢しなくて」と妻が笑った。

「なんで」

「この間、わたしも夢を見たの。兄がもう許してやれっていうのよ」

「許す?」

「実は兄が交通事故で亡くなったって言ったけど、あれはうそだったのよ」

「嘘?」

「うん」

 妻はバイクにまたがってハンドルを握った。

「兄は失恋したのよ。それで自分でね。バイクで崖に突っ込んで行ったってわけ。バカでしょ」

「なぜそんな嘘を。まさかお兄さんが失恋した相手っていうのは・・・・・・」

「あたしって言いたいの?そんな訳ないでしょ」

「だよね」

 ぼくは苦笑した。

「ねえ。二人で昔みたいに田舎道をトコトコ走りましょうよ」

「いいね」

「驚かないで聞いてくれる。兄の失恋の相手って、実はあなただったのよ」

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