「タケシお願いがあります」
海外から留学してきたキャサリンがぼくに言った。
「日本のラーメンを食べに連れて行ってください」
彼女は日本文化にとても興味を持っていて、いろいろな事をぼくに訊いて来るのだ。
「いいよ。どんなラーメンが食べたいの?」
「どんなラーメンがありますか」
「味で言うと、醤油、塩、味噌、豚骨。豚骨醤油っていうのもあるけど」
「タケシの好きなのはどれですか」
「どれもみんな好きだよ。でも最初に食べるのであれば、オーソドックスな醤油の中華そばがいいんじゃないかな」
「OK。それでいいです。レッツゴーです!」
キャサリンはぼくの腕を取って歩き出した。
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「ヘイいらっしゃい!」
ぼくは馴染みの大将のいる店に入った。
「武ちゃん。今日はまたインターナショナルだね」
大将が軽口をたたくのでぼくは苦笑してしまった。
「大将、うまい醤油ラーメンをふたつ頼むよ」
「うちのラーメンがまずかった試しがあるかよ」
運ばれてきたラーメンを観て、キャサリンは目を輝かせた。
「カップに入っていないラーメン初めて食べます。おいしそうです」
「そうなの?」
「食べ方を教えてください」
ぼくは知っている限りのラーメンの食べ方を教えてあげることにした。
「まず麺に髪の毛が入らないように、縛った方がいいよ」
キャサリンはバックからシュシュを取り出した。
「これでいいですか?」
「オーケー。これは林家木久蔵というラーメン好きの落語家さんが教えてくれた食べ方なんだけど」
「いまは木久扇さんですね」
「そうそう。良く知ってるね」
「日本のアニメと落語大好きです」
「彼が言うには、まずはスープを味わう」
「このスプーンで飲めばいいのですか」
「そうだよ。それレンゲっていうんだ」
「おいしいです」
「次に麺を食べるんだけど、嚙み切らないくてもいいように、量を調節しながら食べるんだ」
「フォークとかいる?」と大将が見かねて声をかけてくれた。
「箸使えます。だいじょうぶです」
キャサリンは音をたてないように麺を食べ始めた。
「麺類は音をたてていい食べ物なんだ。こうやって」ぼくはズズーっと音を立てて麺をすすった。
キャサリンも真似てみたが、これは結構難しいようだった。彼女にとってはスパゲティのように麺をレンゲに丸めて食べる方が楽らしい。
「麺、スープ、具材を順番に食べて行って、最後にちょうどすべてがなくなるように食べるのが喜久蔵流の食べ方なんだよ。ほらね」
ぼくは空になったどんぶりをキャサリンに見せた。そしてどんぶりを逆さまにしてテーブルに置いた。
「これは“伏せ丼”っていってね。ラーメン愛好家でいま流行っている『全部いただきました』っていう、大将への感謝の気持ちを形にした儀式なんだよ」
キャサリンの目が点になっている。
「タケシ。それはいけない習慣です。大将の後片付けが大変になります。やめた方がいいです」
ぼくは苦笑いした。たしかにそうかもしれない。
ぼくらは会計を済ませて店を出た。すると大将が後を追いかけて来て、両手でキャサリンの手を握った。
「キャサリンさんだっけ・・・どうもありがとう。おれもよっぽど言いたかったんだけどよ、あんたが言ってくれたおかげで胸がスッとしたよ。また来てよ、今度はおれが奢るからさ」
「ぜひまた食べに来ます」彼女は屈託なく笑った。
帰り道、キャサリンはぼくに言った。
「いつもいろいろ教えてくれて、本当にありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
「なにかお礼がしたいんだけど・・・・・・」
「そうだなあ、今度はキャサリンのことをもっと教えてほしいな」
「それでは・・・・・・」キャサリンがぼくの頬にそっとキスをした。「これは授業料の手付として」
「本格的授業は?」
「バカね。お家に帰ってからのお楽しみ」