「あなた達、こんな所で何してるの。早く教室に入りなさい!」
校舎の陰で、
「なんだ。生徒会長かよ。なんか文句あんのかよ」
顔見知りの生徒が振り向いた。番長格の
「別に。颯一郎にちょっと用事があっただけだよ」
わたしは眉をひそめた。
「あんた達、また風間くんからお小遣い巻き上げようとしてたんじゃないでしょうね」
「そんなおっかない顔すんなよ。ちょっと小銭をお借りしようかと思っただけさ。なあ、颯一郎」
颯一郎はうつむいたままだった。
「先生に言いつけるわよ」
「うるさいなあ。おい、行こうぜ」
そう言うと、颯一郎を残して男子学生たちは校舎の中に消えて行った。
「だいじょうぶ?」
「・・・・・・」
「颯一郎は優しすぎるんだよ。だから権太みたいなやつらから狙われて・・・」
「ごめん」
颯一郎の目に涙がにじんでいる。
「そうだ。今週末、映画観に行こうよ。チケットが2枚あるんだ」
「ふうん。何の映画?」
「カンフー映画。ほらブルース・チャンのかっこいいやつ」
「いいけど」
「じゃ、日曜日にいつものところで。時間はあとで連絡する」
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映画館を出ると、わたしたちはハンバーガーショップに入った。
わたしと颯一郎はつき合ってすでに1年が経過している。にもかかわらず、内気な颯一郎はわたしの手も握ってくれないのだ。映画を観るときも、いつも腕を組んだままじっとスクリーンに見入っている。今日の映画ではちょっとは興奮していたみたいだが、もう少しわたしに対して積極的になってもらいたいものである。
「あれ、綾ちゃん、雨が降って来たみたいだよ」
窓ガラスの外を見ると、大粒の雨が降り出していた。道行く人が小走りに動き出す。
「天気予報じゃ、今日は降らないって言ってたのになあ。ぼく傘持って来なかったよ」
わたしはとっさにジョークを思いついた。
「颯一郎。わたしの親が『JAXA』に勤めているって知ってるよね」
「弱者?ぼくみたいな?」
「ちがうよ日本宇宙開発機構」
わたしは、リュックから銀色の折りたたみ傘を取り出した。
「この傘はね、NASAが開発してCIAやFBIが使っている傘なんだよ」
「へえ」
「この傘をさすとさ、中にいる人間の姿を隠してくれる特殊機能が付いているんだって」
「ほんとう?すごいね!」
「使ってみようか」
「うん」
わたしたちは店を出て傘を広げた。
「へえ。これで周りからは、ぼくらの姿が見えないんだよね」
「うん、まあ・・・・・・そうね」
そこへ権太が、母親と一緒に通りかかった。親子で相合傘をしている。颯一郎と権太の目が合った。
颯一郎はなんと権太に向かってアッカンベーをしてみた。権太は一瞬颯一郎に目を向けたが、なにも見えなかったかのようにわたし達の前を通り過ぎて行ったのだった。
「おお!これはすごいぞ」
颯一郎はすっかりテンションが上がったようだ。
わたしの家の前に到着した。颯一郎はわたしの肩に手を回し、周囲の視線も気にせずに突然キスをした。
「あなた達こんな所でなにやってるの。早く家に入りなさい!」
玄関でわたしの母が、腕を組んで立っていた。