「世の中ね、顔、金かなのよ」
「なにそれ?」
「回文。上から読んでも下から読んでも“よのなかねかおかねかなのよ”」友達の眞麻がわたしを見て笑いだす。「理奈、知らなかったの?あなた達“回文カップル”て呼ばれてるのよ」
「回文カップル?」
「
「ああ、なるほど。偶然ね」
「感心してる場合じゃないわよ。どうするの彼、来週から東京に異動しちゃうんでしょう」
「どうするって、別に・・・・・・」
「理奈知らないの。遠距離恋愛でカップルが別れる確率は78%なんだってよ」
「ええ!」
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他人事ではなかった。翌日、理奈自身も名古屋支店に異動になってしまったのだ。
「まいったな。よりにもよって、逆方向に転勤なんて」
圭と理奈はカフェでコーヒーを飲んでいる。
「寂しくなるね」
理奈は圭の顔を見つめる。
「80%って言ったっけ」
「違うよ。78%だよ」この際2%でも大事だ。
「二人のルールを決めないか」と圭が真面目な顔をして言う。
「ルール?」
「そう。月に2回は必ず会ってデートする」
「うん賛成。お互いの中間点で会うことにしましょうよ」
「・・・・・・てことは静岡あたりか」
「代わり番ごっこにデートコースを考えておくってのはどうかしら。あと、こまめにメールや電話で連絡を取り合うこと」
「そうだな。まあ、なんとかなるよ。2年ぐらいで戻ってこられるって言ってたし」
「長いね」
「2年なんてあっと言う間さ」
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あっと言う間だった。
二人で過ごす週末の時間が経つスピードがである。楽しいひと時はいつだってすぐに終わってしまう。
「よお」
久しぶりに会うふたりは、なんとなく照れくさくてギクシャクしてしまう。でも、時とともにお互いのペースが戻り、以前のように楽しめるのだ。
それでも別れの時間が迫ってくると、寂しさが夕暮れのように心の隅に影を落とし始める。お互い無口になったり、無理にはしゃいでみたり・・・・・・。
「今度いつ会える?」
次に会える日を宝物のように胸にしまって、お互いの住まいへと戻っていくのである。
“今日は楽しかった。次に会えるまでが長いよう”
“すぐに会えるよ”
帰りの電車の中からメールを交換しながら。
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1年も過ぎると、ふたりの間にも変化が現われはじめた。
メールの返信に、時間がかかるようになってくる。昼に打ったメールの返信が翌日になったりする。楽しいメールの返信も義務になると、とたんに負担になる。相手を縛り付けてしまっているのかもしれない。
疑心暗鬼だ。相手が見えないということが、こんなにも不安を煽るものだとは思わなかった。
「病気や事故にでも遭ったのではないだろうか」負の感情は返事がくるまでどこまでも増殖し続けてしまうのだった。「まさか他の異性と一緒にいるってことは・・・・・・」
楽天的な圭は「自由な時間が増えた。理奈と会えた時の喜びが大きくなった・・・・・・」などと大きく構えているが、会いたいときに会えない辛さはお互い同じはず。
理奈は何度、眠れぬ夜を過ごしたことだろう。このままではお互いの神経がやられてしまう。
「別れよう・・・・・・」理奈はとうとう圭と別れる決心をした。
改札から圭が出てきて手を振る。
「理奈。じつは大事な話があるんだ」
圭が真剣な顔をして言う。
「わたしもお話があるの・・・・・・」
「なに?」
背の高い圭が理奈の顔をのぞき込む。
理奈が目を伏せる。「圭から言って」
「もう、ぼくは限界だ」
理奈が顔を上げる。「わたしも」
「もう理奈と離ればなれで暮らすなんて我慢できないんだ。だから理奈をお嫁さんにして東京へ連れて帰ることにした」
「え?」
「うちの会社、2年で本社に帰してくれるなんて言ってたけど、あんなの大ウソだったんだ。それで、理奈の話しってなんだい?」
理奈は圭の首に手を巻いて、いきなり口づけをした。
理奈が唇を離して言った。「わたし好きよキスしたわ(わたしすきよきすしたわ)」瞳に涙が浮かんでいる。
「なにそれ?」
「回文よ。わたしたち“回文カップル”って呼ばれているんですって。だって、上から読んでも下から読んでも池田圭と成田理奈だから」
圭はギュッと理奈を抱きしめた。
「それじゃあ、こんなのはどうだい。“泣いたけど、遠いあの娘にこの愛を届けたいな”(ないたけどとおいあのこにこのあいをとどけたいな)」
理奈が涙を拭って微笑む。
「わたし負けましたわ」
「意外や意外・・・・・・だろ?」