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歯固め&恋固め

今日の彼女はとても不機嫌だった。


 今日は、夏至げしである。夏至とは一年で一番昼間が長い日なのだそうだ。どうやら彼女の親友と、隠れて買い物に出かけたことがバレてしまったらしい。

 夏至だけに、彼女から言わせると、ぼくは浮気の“下手人げしにん”なのだそうだ。「ゲシュニンだろ」とぼくが指摘したら、江戸時代ではゲシニンと言ったのだそうだ。そういえば、ぼくは民族学だけど、彼女の大学での専行は歴史学だった。もしかして、夏至だけにゲシュタポ(ドイツの秘密警察)でも雇っていたりして・・・。


「あのさ。誤解だと思うよ」

「なにが誤解よ。ここは3階だよ」

「そういうのはいいから。美菜ちゃん機嫌なおしてよ」

「あたしに隠れてなにコソコソしてんの。信じられない」

 美菜子はぷんぷんである。それでもぼくの部屋に来ているのだから、そこまで怒っているのではないような気もする。

「じつはさ。今日はなんの日か知ってる?」

「夏至でしょ」

「夏至には何を食べるのでしょうか」

「何を食べる?」

「そう。夏至は昔『歯固め』といって、固くなった正月のお餅を焼いて食べたんだ」

「どうしてよ」

「長生きを祈願するためだってさ」

「ふん。それがどうしたっていうのよ」

「それにちなんで、各地で固いものを食べる習慣が残っていてね」

「お餅じゃなくて」

「固いせんべいとか、栗とかスルメなんかもね。固いかどうかは分からないけど関東だとタコを食べたり、静岡では冬瓜、福岡は焼き鯖を食べる習慣が残っているんだそうだ」

「だから」

「それでね。歯固めと関連付けて“スナックの日”ともいわれているんだよ。固い歯ごたえのあるお菓子もあるだろ」

「それで」

「美菜ちゃんと末永く一緒にいられるようにと、祈願するお菓子を選んでいたのさ」

「それがなんで夕子と一緒に行く必要があるのよ」

 ますます雲行きが怪しくなってきた。

「じつはこの買ってきたポッキーを食べつくすとだね、グラスの底にあるものが沈んでいる」

「え?」

「美菜子と夕子って、指のサイズ同じだって言ってたからさ」

「・・・・・・」

 美菜子は目の前のテーブルに置かれたポッキーのグラスをしばらく見つめていた。

 ふいに美菜子がポッキーの端をくわえて僕を見る。ぼくもそのポッキーの端を口にくわえた。そのままぼくらはポッキーを、端と端から食べはじめた・・・・・・そしたら・・・・・・

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