「お願いします。経験豊富な
喫茶店の二階である。
「おいおい。ぼくは経験豊富なんかじゃないよ」
「では恋愛評論家の田梨先輩」
「評論家でもない」
田梨は淹れたてのコーヒーを口に運ぶ。
「でも、巷のうわさによれば、恋愛については百戦錬磨の先輩だと」
田梨はおもわずコーヒーを吹き出しそうになる。
「いやそんなのはデマだよ。それで、ホワイトデーに彼女に何をあげればいいかをアドバイスしてほしいんだって?」
「そうなんです」雄一が大きく頷く。
「今までの話によると、バレンタインデーで同じ学年の明美さんと園子さんにはめられたっていうことだよね」
「たぶん。大筋そんなところです」泰介が答える。「しかもうまい具合に」
「・・・てことはだ。君たちは彼女たちのことを、そんなに好きじゃないってことなのかな?」
「そ、そうでもないんですよ。これが」雄一が泰介を見る。「・・・・・・なあ」
「ひと月も一緒に行動をともにすれば、お互いに愛着が湧くといいますか・・・・・・」
「ぼくは来年受験もあるし、一度ニュートラルな状態に戻してもいいのかなと」と、泰介が言う。
「それじゃあこうしよう。卒業生としてアドバイスする」田梨はコーヒーを飲み干した。「まず雄一くん。君は園子さんにクッキーをあげるんだ」
「クッキーですか」
「そう。クッキーはサクサクしてドライだろ。だから“恋人じゃなくて友達でいようよ”という意味が含まれているんだ」
「なるほど」
「つぎに泰介くん」
「はい」泰介が真剣に頷く。
「君は明美さんにマシュマロをあげたらどうだろう」
「マシュマロですか?あの柔らかいお菓子の」
「そう。マシュマロは口の中で溶けて、あっと言う間になくなるだろ。だから“あなたは好きではないです。なにも無かったことにしましょう”という意味が含まれているんだ」
「なるほど。別に彼女のことが嫌いという訳でもないけど・・・・・・まあいいか」
「本当に好きだったら、キャンディをあげるといいんだ。口の中で長持ちするだろ。だから“あなたのことが好きです。長くおつき合いしてください”という意味になる。それで最後にきみたちに言っておこうと思うのだけど・・・・・・」
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翌日、雄一と泰介は田梨の言われた通り、クッキーとマシュマロをそれぞれの相手に渡した。しかし、彼女たちには単に喜ばれただけで、その“お菓子言葉”なるものは、まったく無視されてしまったのである。
そのままズルズルと卒業までつき合うことになり、その関係も卒業と同時に自然消滅して行ったのだった。
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その後、雄一と泰介は大学に進学し、卒業後社会人になった。その三年後の春に同窓会が行われた。会場には園子と明美も出席していた。
「おう」
久しぶりに彼らは四人で顔を合わせた。年月が経過し、雄一と泰介は男っぷりが上がっている。そして園子と明美は女らしくなっていた。懐かしいというか、気恥ずかしいというか。
男たち二人は彼女たちにプレゼントを用意していた。
「これ」
「なあに」園子が微笑みながら受け取った。
「あ、フィナンセじゃない。これ大好きなの」明美が思わず声を上げる。
「あのさ、ぼくたちさ、また君たちと一緒になりたいなって思っていて・・・・・・」
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田梨先輩が小さな声で続けた。
「・・・・・・卒業して何年かして、それでもまだ彼女たちのことが好きだったら。フィナンセをあげるといい。フィナンセは長持ちするし、金の延べ棒を表すから“お金に苦労させません。どうかぼくのフィアンセになって下さい”という意味なんだ。もっともこれは、ぼくが勝手に作ったお菓子言葉なんだけどね」