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読書家の恋

『一日を楽しみたいなら本を読みなさい。一年を楽しみたいなら種を蒔きなさい。一生を楽しみたいなら家を建てなさい』

 誰の言葉か知らないが名言である。


 ぼくは読書家である。月に何冊読めば読書家といえるのかは不明だが、最低3冊は読んでしまうから読書家と言って差し支えないだろう。

 本はたいてい街の大きな書店で買うか、旅先で買うことにしている。帯を集めるのも読書家の楽しみのひとつだ。

 しかし、いくら読書家とはいえ、失敗もある。以前購入した本とまったく同じ本を購入してしまうことがあるのだ。趣味趣向が偏っていると、そういう間違いは時々起きるものだ。


 その日もぼくは書店の店員に交渉をしていた。

「同じ本を買ってしまったのだが、返品できないだろうか」

「お客様。それはお受け致しかねます。一度お客様の手に渡られた書籍は古本になってしまいますので・・・・・・」

「そこをなんとかならないものかね。折れ目もないし、カバーも綺麗だし、帯だってちゃんと付いている」

「そうおっしゃられましても・・・・・・」

 大きな書店である。レジが並列していくつもある。

「どうしてもだめでしょうか。まだ1ページも読んでいないのよ。なんだったらあそこにある本と見比べてみたらどうかしら?」

 世の中にはぼくと同じような人がいるものだ。ぼくがぼんやり彼女を見ていると、不意に彼女と視線が合ってしまった。ぼくは肩をすくめてニヤリと笑った。彼女はぼくを一瞬睨み付けたが、たまらず吹き出してしまった。

「あなたもですか」とぼくは彼女に言った。

「よかったら、お互いの本交換しません?」彼女が微笑んだ。


 そしてぼくは彼女の本を、彼女はぼくの本を持って家に帰った。それがきっかけで、ぼくらはお互いの蔵書を借りに、お互いの家を行き来するようになった。

 もちろんお互い読書家だから、共通する本がないこともない。全く同じ本を所有しているのが判明すると、その本について夜通し語り明かすこともあった。

 ある日ふたりは提案し合った。お互いの本をひとつにすれば、重複する本を売りに出して、その分新しい本を購入することができると。


 ぼくらは一生を楽しむために、家を建てることにした。種まきはどうしたかって?これからするところ。

 ちょっときみ、変な想像をするのはやめてくれ。

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