わたし結城優子は図書館でアルバイトをしている。
昔から本が大好きだったので、本に携わる職業に就くのが夢だった。大学を出て、都会にある大手出版社に入社したものの、売上主義の体質に馴染むことができずに3年で退社したのだった。故郷に戻りぶらぶらしていたが、ちょうど図書館アルバイトの募集を見つけて応募したのである。
図書館には、毎日いろいろな人が来館される。
毎朝新聞だけを読みに来るおじいさま。決して借りることをしない立ち読み専門のお兄さま。難題をみつけてきては質問を浴びせるインテリ風のオジさま。貸出期限が迫って連絡をすると、なぜ催促をするのかと怒り出すオバさま。明らかに自分で汚した本を、借りた時からこうなっていたと主張するお姉さまなど、多種多様である。
そんな図書館の仕事をしている中で、わたしはひとりの図書館司書の
彼の普段の仕事は、資料室で資料を収集、整理整頓、そして保存したり情報提供をすることだ。でもわたし達がお客様に手を焼いている時には、冷静に対応して助けてくれたりする。だからパート仲間の間では“スーパー司書のムラ神様”と言われている。
ある日、資料室で整理の仕事を手伝うことになった。
「結城さんは本が好きなんですか」
本を整理しながら邑上司書が尋ねてくれた。世間話のつもりなのだろう。
「はい」
「どんな本を読んでいるの?」
「そうですね・・・・・・最近はあまり読みたい本が見つからなくて」
「ジャンルは?」
「なんでもです。フィクションでもノンフィクションでも入門書でも専門書でも、面白そうな本ならなんでも読みます」
「ふうん」
「邑上さんはどんな本をお読みになるんですか」
「あまり人が読まない本かな」
「それって・・・・・・」
「ここにも税金で購入した本がいろいろ置いてあるよね。でも一回も借り手がついていない本も実はたくさんあるんだ。ぼくはそういう本を積極的に借りて読んであげるのが趣味なんだ」
「素敵です。何かわたしに推薦していただけませんか」
「・・・・・・いいよ。なんでもよければ」
「もちろんです」
翌日、邑上司書から本を一冊手渡された。『あらばこそ』という短編小説だった。それは薄い本だったのですぐに読み終わってしまった。
簡単な感想を言うと、邑上さんは次の本を選んで渡してくれた。『内閣総理大臣』という本だった。
そしてその後も次々と邑上さんはわたしに本を紹介してくれるのだった。
『高嶺の花』
『頑固』
『スケート』
『絆』
『大航海』
題名から見て、なんの脈絡もない・・・と思われた。
わたしは本の題名を並べてみてメモをしてみた。するとあることに気がついてしまった。題名の最初の文字を繋げてみると・・・・・・。『あ・な・た・が・す・き・だ』となるではないか!
この発見にわたしの顔は真っ赤に上気し、天にも登る気持ちになってしまった。明日ムラ神様に会ったら、どういう顔をしたらいいのだろうか。
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翌朝、意を決して用事を作り、資料室に足を踏み入れた。
「邑上司書。おはようございます」
「おはよう・・・・・・結城くん」
邑上司書は相変わらず、いつもと変わらぬ眼鏡をかけ、クールに資料に目を通していた。
「『大航海』読み終わりました。とっても面白かったです」
「そう。それはよかった」
「あの・・・・・・それで、その、気がついたことがありまして」
「なにを?」
「邑上さんからご紹介された本の題名を繋げてみたら・・・・・・その・・・・・・」
邑上司書が顔あげて微笑んだ。
「気がついちゃった?」
「はい」
「末尾からも読んだの?」
「え」
慌ててポケットからメモを取り出して、題名の最後の文字を繋げてみる。
『そ・ん・な・こ・と・な・い』だった。
「ふふ、冗談だよ」
「あの、これどっちの意味でとったら?」