「あれ、今度の日曜日って友子の結婚式だっけ?」おれは由香利に訊いた。
「そうよ」
「こっちも学生時代の友達の結婚式だってよ」招待状をひらひらと由香利に見せる。
「うわ。きっと大安だからだよ。結婚ラッシュだ。瞬は友だちが多いからね」
おれたちは同棲して5年、お互いの将来のことを真剣に話し合ったことがなかった。でもきっといつか結婚するとは思っている。ただ、なぜかお互いそのことを口にせずに今まで来てしまったのである。
由香利も何か言いたそうな素振りを見せたものの、急に話題をそらしてしまった。
「あのさ、ゆうべのドラマでね・・・・・・」
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結婚式の引き出物はバウムクーヘンだった。バウムクーヘンは大昔ギリシャにて、木の棒にパン生地を焼いて作ったお菓子が原型だと言われている。ドイツ語で“バウム”は木、“クーヘン”はケーキという意味なのだそうだ。
「瞬君。もう帰っちゃうの?」学生の時の女友達の映子がおれを見上げる。「もう一軒いこうよ」
おれたちは結婚式の二次会がはけた後、なんとなく同じ方向に歩いていたのだ。
「うん、いいけど。田中たちは?」
「あいつらはほっとけばいいの」映子が口をへの字に曲げる。「お姉ちゃんのいる店に行こうって相談してたし」
「ふうん、一杯だけなら」
「よし、レッツゴー!」
映子に腕を組まれて、おれたちはカクテルバーに入って行った。
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由香利の引き出物もバウムクーヘンだった。
バウムクーヘンは木の年輪のような形状をしているので、縁起物として引き出物によく使われるのだそうだ。
結婚式の2次会の後、由香利たち仲良し5人のグループは喫茶店でお茶をすることにした。
「ねえ、“バウムクーヘンエンド”って知ってる?」と猫のような顔をした和佳子が言う。
「なにそれ」面長の玲子が興味津々という顔で訊く。
「たとえばよ・・・・・・」
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ぼくはソルティドッグを、映子はテキーラ・サンライズを飲んでいた。
「・・・・・・そう、すごく仲のいいカップルがいるとするわよね。二人が同じ日に別々の結婚式に呼ばれたとします。そしてお互いの引出物がバウムクーヘンだったりすると・・・・・・そのカップルは結ばれず、別々の相手と一緒になってしまうんですって」
「そんなの迷信だろ」
「まさかだとは思うけど。彼女の引出物がバウムクーヘンじゃないことを祈るわ」
「悪いけど先に帰るわ」おれは席を立った。「マスターお勘定」
「ええ、まだいいじゃない」
「ごめん。また連絡する」
おれは何となく胸騒ぎがしてタクシーを拾った。
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由香利はすでに帰宅していた。
「どうだった。結婚式」とテーブルに座っていた由香利が顔をあげる。
「うん、まあまあ良かったよ。ところで、それ何?」
おれはテーブルの上の白い箱を指さした。
「バウムクーヘンだけど・・・・・・」
「あ・・・・・・おれも・・・・・・」
おれも由香利も一瞬硬直してしまった。おれは由香利のバウムクーヘンを箱から出した。
「由香利。こうしないか」
おれは自分のもらってきたバウムクーヘンを取り出すと、由香利のバウムクーヘンにギュッと押し付けた。それは無理やり8の字のような形になっていた。
「どうこれ」
「なに?」
「“無限”ってこと。おれ、由香利といつまでも一緒にいたい」
「あたしも」
由香利もおれも泣いていた。