「あっ! そうだ貴船先輩! 先輩がワンフィールドの休憩室に置いてある大量のマグカップ。あれ、ちゃんと持って帰ってくださいね」
そう由佳に声をかけたのは相田 詠子だった。
「ロッカーとか収納棚とか開ければ開けるだけマグカップが出てくるのでびっくりしました」
備井 米美は心底驚いたようで、その言葉には真実味が溢れていた。
「隙あらばマグカップを詰め込むの困ります! 私たちの荷物がしまえないじゃないですか!」
椎名 詩衣はとてもプンスコした様子だったが、由佳がまるで木の実を隙間に詰め込むリスのようだと一瞬可愛く思った側面もあった。
「店長も取りに来ないなら処分すると言ってましたデース」
泥田・ディーン・禰栖子はダブルサムズアップで大々的に決定事項を由佳に伝えた。
その効果は覿面で、そういわれた由佳は飛び上がった。
「だめだめ! 捨てないで! ちゃんと持って帰るから!」
由佳はこの夏休みでワンフィールドのアルバイトを卒業していたが、そうえいば入れ替わりで彼女たちがアルバイトを始めたことを思い出した。
「あれでも半分くらいはちゃんと持って帰ったんだよ。残り半分くらいだし、もうちょっとだけ待って。お願い」
「あ、あれで半分……? ……ですか?」
相田 詠子は心底信じられないといった様子だった。
「じゃあ、以前は今の倍のマグカップがあったってことですか?」
備井 米美は口に手を当てて、さも恐ろしいものを見たと言わんばかりに息を呑んだ。
「そ、そんなにたくさんのマグカップを何に使ってたんですか!?」
椎名 詩衣はまるで意味が分からないといった様子で少々混乱気味だった。
「でもどれも動物が可愛いマグカップだったデース」
泥田・ディーン・禰栖子はまたもやダブルサムズアップで大々的に由佳に思ったことを伝えた。
その効果は覿面で、由佳は自分のマグカップを褒められて嬉しかった。
しかしその一方で───
そうしたやり取りを見ていた狗巻が、あることに気が付いた。
「おい。由佳。マグカップを持って帰るといったな。そのマグカップ。どこに置くつもりだ? ちゃんと家に持って帰るんだよな?」
狗巻は由佳に詰め寄った。
「あ、あはは……。そうだね。いっぱいあるからどうしようかしらね」
由佳は狗巻に詰め寄られ、たじたじになった。
「まさか生徒会室に一時的に保管しようとか考えていないだろうな?」
由佳は図星を突かれてギクリとした。
「な、なんでバレたの……?」
「やっぱりか……。まさかとは思ったが、お前はいったい幾つマグカップを生徒会室に積み上げたら気が済むんだ?」
「ちょっとだけ! 一時的! 家に持って帰ったら家族に怒られるから今だけ生徒会室に置かせて! お願い!」
由佳は両手を合わせて狗巻に懇願したが、狗巻の態度は冷たかった。
「駄目だ。生徒会室に置いていいマグカップは100個までと決めたはずだ。なのに今、256個のマグカップが置かれている。すでに2倍以上の超過状態だ。これ以上はただの1個さえもマグカップを増やすことは絶対に許さない」
「そこをなんとか! 今家に持って帰ったら絶対に処分されちゃうよ~!」
「駄目なものは駄目だ。とにかく生徒会室にはこれ以上、絶対に持ち込ませない」
狗巻に拒絶され、由佳は楓に泣きついた。
「か、楓~。お願い。一箱だけ。あと一箱だけ預かってくれない?」
「ちょ、ちょっと由佳。うちはもう2箱も預かってるじゃない……」
由佳に泣きつかれたが、さすがの楓もこれ以上の無理は聞けないレベルにまで達していた。
「あれ? 楓もそうだったのか?」
驚いた様子でそう発言したのは叡斗だった。
「そ、そない言うゆうことは叡斗君も? そうどしたか。預かってたんはうちだけやなかったんどすな」
そんな叡斗の様子を見て、静子も自分以外に楓と叡斗も由佳のマグカップを預かっていることに気が付いた。
「由佳……。お前、俺以外にもみんなに預けていたのか……」
狗巻も自分以外に楓、叡斗、それに静子の全員がマグカップを預かている事実に気づいてしまった。
由佳は全員から冷たい目でみられてしまった。
果たして由佳の大切なマグカップコレクションはどうなってしまうのか?