高校を卒業後、狗巻は都内の有名国立大学に進学したので実家を離れ、都心で一人暮らしを始めた。
狗巻が地元からいなくなると、由佳は周囲の景色が殺風景になったように感じた。
「なるほどね。置物もどかしてみればなんとやらね」
そんなある日、珍しく狗巻から由佳にメッセージが届いた。
『待ち合わせしたい』
口数の少ない狗巻らしいメッセージだった。
「ほほう? なるほど?」
由佳は行間を読み取ると目にもとまらぬ速さのフリック入力で返事を打った。
『何か急用? 引っ越し手伝って部屋の片づけ終わって私が帰る時、今度は夏休みにでも会おうねとか言ってたのに。待ち合わせはどこにする? こっちに来る? それとも私がそっちに行く?』
すると狗巻から、由佳たちの地元からだと都心の入り口となる駅の名前と時間が送られてきたので由佳は『りょりょりょ~♪』と返事を送り、その日を指折り数えた。
「一応おしゃれをしたけど、これはお出かけするから当然の身だしなみで、それ以上でもそれ以下でもないからね」
自分に言い聞かせて由佳は待ち合わせ場所に向かった。
少し早く着いてしまったが、なんと待ち合わせ場所にはすでに狗巻が来ていた。
「あ、あれ? 狗巻、早いね。どうしたの?」
狗巻との待ち合わせ場所は誰もが知っている有名な忠犬の像がある待ち合わせスポットで、そこには狗巻の他にもたくさんの人が待ち合わせをしていた。
「由佳」
「え? な、なに?」
由佳はいつになく神妙な面持ちの狗巻にちょっと驚いた。
「俺は今までずっと由佳と一緒にいて、そのことに疑問を感じていなかった」
狗巻が語りだしたので由佳は「は、はい」としか返事ができなかった。
「しかし今回、一人暮らしをしていつも近くにいる由佳がいないことに気づき、俺は自分がとんでもない思い違いをしていることに気づいた」
「は、はぁ。そうですか。で、それはどんな思い違い?」
「ちゃんと由佳と約束をしないと、由佳がいてくれる保証はないということだ」
「な、なんと。すごいことを考えてるのね。あの、狗巻。ちょっと思い詰め過ぎてない? 大丈夫? 初めての一人暮らしがそんなに寂しかったの?」
「いや。違う。一人暮らしはのびのびとして快適だ。だが、人恋しさに気付かされたのは事実だ。由佳。これまでちゃんと言わず、すまなかった。改めて申し込む。由佳、俺と付き合ってくれ。俺の彼女になってくれ。そして俺が一人暮らしをしていて近くにいなくても、変わらず彼氏と彼女の関係でいてくれ。頼む」
狗巻は由佳の手を取り、古風にも片膝をついてプロポーズ姿勢になった。
由佳はとても驚いた。
そしてこんなことを夢見ていたので嬉しくて舞い上がるかと思ったが、意外にも羞恥心の方がそれを遥かに凌駕している自分に気づいた。
そして周囲の人が自分と狗巻に気づき、こちらを気にしている空気を感じていたたまれなくなった。
「ひ、ひとまず移動しましょうか。ここはちょっと人が多すぎますので」
そういって由佳は狗巻を引っ張ってその場からそそくさと退散した。
これが由佳が狗巻に正式に告白された時の状況で、由佳はこの時のことを思い返すと今でも恥ずかしさで顔が真っ赤になってしまっていた。