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第46話 禁忌への挑戦⑤

「な、なんだい由佳ゆかちゃん。どうしてそんなに泣いているの?」


「わかりません。でも、顕乗けんじょうさんに申し訳ないという気持ちでいっぱいなんです」


「も、申し訳ない…? な、何が申し訳ないっていうのさ?

 由佳ちゃんが僕に責任を感じてくれる必要なんて、何もないじゃないか」


 顕乗は困惑した。


「はい。そうかもしれません。

 でも、顕乗さんのことをわかっていなかったこと───わかってあげられなかったことが、とても申し訳ないんです」


「べ、別に由佳ちゃんがそこまでしてくれる必要なんて───」


「顕乗さんを尊敬してました。勝手に尊敬してしまっていました。

 顕乗さんは事故にあって、バレーができなくなってしまっても、一粒の涙も流さず、一言の弱音も漏らさず、すぐに辛いリハビリに励み、日常生活ができるまでに回復されました。

 そしてワンフィールドの経営に勤しみ、お店を軌道に乗せ、店長として立派に人生を再スタートさせています。

 そんな顕乗さんを凄いと思い、尊敬してました。

 すみません。勝手でした。何も顕乗さんをわかってませんでした。

 こんなにも───こんなにも顕乗さんは悲しんでいたのに、悔やんでいたのに、そんなこと、これっぽっちもわかっていませんでした」


 そういって由佳が、わんわんと声を上げて大泣きをするので顕乗はあたふたとした。


「ちょ、ちょっとまってよ由佳ちゃん。そんなに泣かないでよ」


 顕乗はまるで自分が由佳を泣かせているようで周囲の目が気になった。

 事実、舞台を見上げていた観客は、これは何事かと、皆一様に怪訝な顔をしていた。


「お兄ちゃんっ…!」


 かえでも舞台に上がり、兄に呼びかけた。

 楓もポロポロと涙をこぼすと、籍を切ったように声を上げて大泣きした。


「ごめんっ、お兄ちゃんっ…! わたしも───わたしも知らなかったっ…!

 お兄ちゃんがそんなに辛くて、悔しくて、悲しんで、怒っていたってことを知らなかったっ…!

 ごめんね、お兄ちゃん…! ごめんね…!」


 妹までもが大泣きするので顕乗はますます慌てふためいた。


「顕乗さん」


 狗巻いぬまきも舞台に上がり、顕乗に呼びかけた。


「自分もすみませんでした」


 狗巻が気を付けの姿勢から腰を90度曲げて頭を下げた。


「お、おいおい。狗巻。君もかよ」


「事故の後、顕乗さんはすぐに松葉杖でやってきて、自分が試合に出られなくなってしまったことをみんなに謝ってました。

 そして選手としてではなく、キャプテンとして、そしてコーチとして自分たちを指導してくれました。

 みんなに辛い思いをさせたくないという一心で。

 顕乗さんが一番辛いのに、顕乗さんが一番苦しいのに、顕乗さんが一番悔しかったのに。

 すみませんでした。

 自分たちこそ顕乗さんのお力になるべきでした。

 本当にすみませんでした」


 顕乗はやれやれといった様子で髪をかき上げ、頭を掻いた。


「ま、まいったな…」


 子供のように大泣きをする女子二人と、軍人のような腰覆って頭を下げる男子一人を前に、顕乗はどうしたものかとすっかり弱ってしまった。


 そして完全にイベントの興が覚めてしまったと感じた。


「わかったよ。とりあえず由佳ちゃんと楓は泣かないで。そして狗巻も頭をあげてくれ。イベントは止める。神様を見世物にするのは中止するよ。

 自分がとんでもなく酷いことをしている悪者になった気分だよ」


 それからもしばらくは由佳と楓は今度はふたりで抱き合って大泣きを続けたが、ようやく落ち着いて泣き止んだ。


「みなさん。すみません。せっかく楽しみにして下さっていて恐縮ですが、イベントは中止します」


 顕乗がそうアナウンスすると、会場からは「ええ~っ!?」という残念がる声が漏れた。


「お詫びと言っては何ですが、ワンフィールドに来てください。カラオケの部屋代1時間を無料にします」


 その宣言に会場には喝采が沸き起こったが、会場のどこかから「ワンドリンクも!」という野次が飛んだので、顕乗は苦笑しつつも「わかりました。ではドリンク一杯無料もおつけします」と宣言し、さらに会場からの喝采を浴びた。


貴船きふねさんっ」


 岩倉いわくら木野きのが舞台の下にやって来て、由佳に呼びかけた。


「市原顕乗先輩のイベントが中止になって空いた時間は、私たちのバンド演奏で皆さんに楽しんでいただきます」


 そういって岩倉と木野は舞台に上がった。

 そんな二人は巫女装束みこしょうぞく千早ちはや羽織はおっていた。

 岩倉と木野のバンドは巫女姿でヘヴィメタルを奏でるというギャップを売りにしたバンドで、この後、叡斗えいと狩衣かりぎぬに着替えて演奏をする予定だった。


 しずしずと由佳の前に進んだ岩倉と木野は、由佳に深々と頭を垂れて一礼した。


「貴船さん、お疲れ様。

 一時はどうなるかと思ったけど、無事、市原顕乗先輩を思い留まらせてくれありがとう」


「貴船さんならやってくれるって思ってたよ」


 その言われように由佳は違和感を覚えつつも「う、うん。ありがとう」と返事をした。


「この場は私たちが後を引き継ぐから、貴船さんは御神体を元に戻してきて」


「あ、でもその前に、この暗雲をどうにかしないとね。私たちが晴らすね」


 そういうと岩倉と木野は神楽鈴を取り出して鳴らすと、優美な神楽を舞い踊った。

 その神楽の舞いは美しく、由佳たちはもちろん、顕乗も祭り会場の観客たちも目を奪われた。

 そしてみるみるうちに垂れ込めていた暗雲が雲散し、夏の爽やかな陽光がさんさんと降り注いだ。


「はい。おしまいっと」


「無事、晴らしましたよ」


 由佳は驚いた。


「晴らしましたよって、岩倉さんと木野さんが暗雲を祓ったの…? ふたりはそんなことができるの?」


「「できるよ。だって私たちはだもん」」


 ふたりは胸を張り、声を揃えて答えた。


「といっても力が弱くて、ふたりでやっと一人前だけどね」


「あと、私たちも神様が≪視える≫から」


 岩倉と木野の衝撃のカミングアウトだったが、由佳はもう慣れっこだった。


「そ、そう。もうみんなそうなのね。大丈夫。もう驚かないから。

 神様が≪視える≫ことなんて、珍しくもなんともないことだったのね」


「違うよ、今は特別」


「そう、特別。みんな貴船さんに引き寄せられて集まっただけ」


「特別? 私がみんなを引き寄せた?」


 それはどういうことだろうと由佳は頭を拈った。


「「とにかく今は、御神体のことをお願い」」


 ふたりにそういわれて由佳と楓、それに狗巻、そして静子の4人は御神体を舞台から運び出した。

 楓は「こんなのわたしひとりで持てるけど」と言ったが、由佳は「ふたり一組で御神体をお運びするの!」といって楓を制した。




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次で最終話!(๑•̀ㅂ•́)و✧

そしてエピローグです~!(๑•̀ㅂ•́)و✧

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