「それでは神様、今日も元気に学校に行って参ります」
由佳は通学時、一条神社の前を通るのだが、毎朝こうして神様に挨拶をするのが日課だった。
と言っても、神様が《視える》ことは内緒なので、あくまで神様が《視えて》いないような素振りで挨拶をしていた。
その為、傍目には信心深い女子高生が殊勝にも、毎朝、神社に挨拶をしているように見えるだろう。
神様は、由佳が≪視える≫からといって、何か特別な反応をして下さるわけではなかった。
ただ厳かに、そこに鎮座しておられるだけだった。
それでも由佳は、神様に挨拶をすることを欠かさなかった。
それは近所の人に会ったら、挨拶をするのが当たり前であるように、神様の姿が≪視えて≫いるので、無言で通り過ぎることはできないというマナーの側面もあるが、もう一つ、神様に挨拶をすると、反応がなくても、心の声をちゃんと聞き届けて下さっているという実感があり、とても充足感を得られるからだった。
その為、由佳は自ら進んで神様に挨拶をしていた。
由佳がこうして挨拶をしていると、式神や鬼が、飛んだり跳ねたり、手を振ったりして、一緒に遊ぼうと由佳を盛んに誘いかけてきていたが、しかし、由佳は、それも《視えない》ふりをしていた。
彼らと一緒に遊ぶわけにはいかないからだった。
「ごめんね」
ちょっとした罪悪感から、由佳は心の中で彼らに詫びた。
これも毎朝のことで、由佳の日課になっていた。
「お参りはすんだか?」
由佳がこうした朝の日課をしていると後ろから声をかけられた。
由佳に声をかけたのは同じ高校に通うクラスメイトの
「おはよう、狗巻」
由佳と狗巻は、小学校と中学校も同窓の幼馴染みだった。
お互いの家も近いので、通学時にこうして一緒になることが多かった。
狗巻が来ると式神や鬼は、さらに一緒に遊ぼうと、より飛んだり跳ねたりして大騒ぎをしたが、由佳はそうした彼らを尻目に、狗巻と一緒に学校に向かうべく、最寄りの駅へと歩き始めた。
「もうすぐ夏休みだね」
「高3の夏、受験の夏」
「狗巻は、部活は夏の大会までだよね?」
「それが終わったら受験に専念する」
「狗巻は成績いいしなぁ~。
大学はどこでも行けそう」
「由佳が志望校決めたら報告よろしく」
「報告?」
「そう、報告」
「なんで狗巻にそんなこと報告しなくちゃいけないのよ~」
由佳は眉間にしわを寄せて、少し怒ってみせた。
「ひょっとして報告しろっていうのは、志望校がかぶって同じ大学に行かないため?」
「……」
「小、中、高と一緒で、大学まで一緒は勘弁してくれ~てこと?」
「……」
「まあ、別にいいけど……。でもね。高校の時も志望校決めたら報告しろっていうから、私はちゃんと報告したと思うんだよね。志望校決めたよ~!って。でも結局一緒の高校になってるよね? 報告してもダメだったじゃない。無駄だったじゃない。これって報告する意味あるの?」
「ある」
「なんでよ~! ないって! ないないっ! 意味ないって~! 結局、小・中・高と、ずっと一緒じゃん~」
「同じ大学に行かない為とか言ってない」
狗巻は小声で呟いた。
「……何?」
「……何が?」
「今、なんて言ったの?」
「何も言ってない」
「言ったって! なんか言ったよ! なんて言ったの? 教えてよ~!」
「独り言だし、内緒」
「なんでよ、ケチ~。私には志望校決めたら報告しろとか偉そうに命令するのに~」
そうこう言っているうちに駅についた二人は改札を通って電車に乗り込んだ。