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第15話 第1審査の結果


 8人全員の第一審査は着々と終わっていく。それから1時間ほど経っただろうか。ジェンダーが階段の上で、候補者全員を近くに招集する。私は椅子から立ち上がり、階段の近くまで歩いた。


「皆さん。お疲れ様でした。第一審査はこれにて終了です。それでは結果発表にうつりましょう」


 いつもの威圧的な50代の男が、はぁ!?と大きな声をあげる。


「もうか! ちゃんと審査してくれてるんだろうな! なんか審査も駄弁って終わりな感じだったしよ! 本当に大丈夫なのかよ!?」


 ジェンダーは手を後ろに回し、にこにこと微笑みながら答える。


「もちろんですとも。あなたたちの人生がかかっていますからね。ですが、Motherの判断はもう出てしまったものですから。それに皆さんも早く結果が知りたいでしょう? 脱落者が誰なのか。残るのは誰なのか」


 それはそうだ。

 皆が固唾をのみ、結果を待っている。威張り散らしていた男も周りの空気を読み取ったのか、しぶしぶ静かになった。


「第一審査の脱落者を、ここで発表します」


 私は唾を飲み込む。

 手の先が冷たくなるのを感じ、暖めるようにぎゅっと握りしめる。


「脱落者は」


 誰だ。


「高瀬悟くんです」


 自信なさげな同じ歳くらいの少年か。彼はそうだろうと言うように頷いている。彼は自分が失格になることをわかっているようだった。


「高瀬悟くん。私の近くに、さぁ」


 ジェンダーが手招きをし、高瀬悟は階段を上る。


「残念ですね。あなたなら通ると思っていたのですが。それでは、脱落した高瀬悟くん。最後に一言お願いします」


 高瀬悟はキャンパスを皆に見せるように胸の辺りに持ち上げる。見たところ、綺麗な女性が描かれている。これが高瀬悟が見たMotherなのだろうか。彼が描いたものなのか。私はその絵をじっと見ていた。


「この審査で僕は大事なものを捨てるところでした。僕にとって特技は何よりも大事なものです。だから、僕はこの審査を降りることにしました。皆さん、次の審査も頑張ってください」


 高瀬悟がそう言って、微笑んだ。

 彼はこの状況に満足しているようだ。


 ここにいる候補者誰もがその発言に対してあたたかい拍手をして、無事に第一審査を終えたとことに安堵する。


 そんなシーンを誰もが予想していたはずだった。



 青白いレーザービームが放たれ、高瀬悟の胸とキャンパスを貫通するだなんて誰が予想できただろう。


「!?」


 高瀬悟は口から血を吐くと、真後ろにばたりと倒れた。彼はレーザーに撃たれて死んだ。


 それも即死だ。


 候補者たちはそれを見て取り乱す。中には悲鳴を上げてパニックになるものもいた。さきほどのおじさんが後退りをしながらジェンダーに向かって怒鳴る。


「人殺し! 人殺しだ!」


 ジェンダーは、はて?と不思議そうな顔をしていた。


「言いましたよね。Motherの審査は厳しくて、もう後戻りはできないと」

「死ぬなんて聞いてない!」

「それは質問されなかったので。皆さんわかってるのかと思いました」


 信じられない。



 Motherの審査に落ちたら脱落者は、死ぬ。



 私は頭のてっぺんから血の気が引くのを感じた。

 これは女神の愛と幸福を求めたデスゲームだったのだ。


 40代くらいの男性が吐き気を催したのか、えずきだす。悲鳴をあげていた30代くらいの女性も完全に取り乱していた。


「皆さん。落ち着いてください!」


 ジェンダーは相変わらずにこにこと微笑んでいる。この状況でさへも彼は変わらずと言った態度だ。


「ようは、審査に通ればいいんですよ! 死にたくなければ、最後まで生き残ればいいのです!」


 怒鳴っていた50代の男がさらに吠えた。


「俺はおりるぞ! こんなのやってられっか!」

「以前申しましたよね? 途中でリタイアすることはできないと。リタイアするならば、高瀬悟と同じ目に遭いますよ」


 70代のお婆さんがよろよろと歩いて、ジェンダーに尋ねた。


「なぜ死なねばならないの? その理由を教えてちょうだい」

「審査する時の対価を支払わねばなりません。我々だって、真剣に審査を受けておりますゆえ。生半可な気持ちで行われても困りますから。もう一度言いますよ。あなたたちはMotherの愛と幸福を得る覚悟を持ってここにきています。それを忘れないでください」


 命懸けでMotherの愛と幸福を手に入れろということね。


 私は浅く呼吸しながらも、ジェンダーを睨み付けた。


「いいわよ」


 私は足が震えていたが、この状況に負けたくない一心で言い返した。


「こっちだって、そう易々と自分の人生をあげたくはないもの。命懸けで審査を受けるわ。だからMotherに伝えてちょうだい。あなたも責任をもって審査するのよって」


 ジェンダーは感心したように頷いた。


「もちろんですとも。皆さんもそれでいいですよね?」 


 候補者たちの空気が一気に変わる。皆は青白い顔でジェンダーを見るしかできなかった。ジェンダーは死んだ高瀬悟の隣に立ったまま、二回手を叩く。


「さぁ! 第2審査へと続きますよ! 次に捧げるものは、"あなたの一番嫌いな人"です! それでは、皆さん。第一審査お疲れ様でした。また2週間後、あなたの一番嫌いな人を考えておいてくださいね」


 ちょっと待て!

 と繁崎が待ったをかけた。


「一番嫌いな人を捧げるってことは、その人は死ぬのか?」


 皆もそれを訊こうとしたのか、再びジェンダーに視線が向く。


「あなたは良い質問をしますね。ご名答。一番嫌いな人を捧げると言うことは、その人は死にます。何らかの形でね。事故死かもしれないし、病死かも。とにかく捧げるのですから、その人もいなくなります」

「そうか……」


 繁崎は何か思い詰めたように返事をした。


「もう質問はありませんか? それでは皆さん、また2週間後!」


 私はレーザーで貫かれた高瀬悟の死体をまじまじと見つめた。彼の顔は驚きと悲しみが入り交じった顔をし、死んでいてもなおキャンパスの端を握りしめていた。


 彼は自分の特技と共に死んだ。

 彼は自分が死ぬとわかっていたのだろうか。

 わかっていたら特技を手放していたのか。



 それはもう、彼しかわからない。

 でも彼はもう死んでしまった。

 これからの希望を胸に抱いていたはずなのに。



【第一章 完 脱落者 高瀬悟】


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