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第14話 萩本アキの審査


 高瀬悟が部屋から出てきた。あんなにおどおどしていた彼は審査前な時よりもどこか誇らしげな様子でソファーに座る。もしかして審査がうまくいったのかと私は少し不安になった。


 ジェンダーは飲んでいたティーカップを机に置くと、次の候補者を呼んだ。


「では次、萩本アキさん。準備が出来ましたら、先ほど高瀬悟くんが出入りした部屋に入ってください」


 私の名前が呼ばれた。

 私は、無言で頷くとMotherの待つ部屋まで歩く。

 その途中で、繁崎透が私の腕を掴んできた。


「本当に行くのか?」


 しつこい。

 私は無下に繁崎の手を振り払った。


「行きます。何度でも言いますが、私のことは放っておいてください」


 心配そうな繁崎を背に、部屋まで一直線に歩く。遠くで見るよりも、その扉は大きくて重苦しく感じた。


「行くしかないわね」


 私はドアノブに手を回して、中へと入る。

 どんな部屋なのだろう。

 きっと幻想的な世界が広がっているに違いない。宇宙空間とか、天界とか。もしかしたらペガサスなんて飛んでる異世界だったり。


 私の予想するよりも遥か上の世界が広がっているに違いない。私はそう期待して、目を開けた。


「え?」


 中に入ると、そこは私が住んでいるアパートだった。


 台所で転がっているはずのビール缶は無くなっており、いつもよりも綺麗に掃除されている。私は口をぽかんと開けて、玄関で立ちすくんでいると、台所で誰かが料理を作っていた。匂いからしてそれは、パスタのようだ。


「あら、アキ。お帰りなさいが正しいかしらね」


 淡いピンクのエプロンを着けて、優しそうにこちらに微笑んでくる女性がいた。


 この人がMotherか。


 私は、ついつられて

「た、ただいま」

 と言い返してしまった。


「あなたが作ってくれた、たらこパスタ。温め直してるの。そろそろ出来上がる頃ね。一緒に食べましょう? 私、たらこパスタ大好きなの」


 Motherは食卓に料理を運び、お茶まで用意してくれた。私はよくわからないまま、自分の席についた。


 これが審査だと言うの?


 アキは温め直してくれた、たらこパスタをじっと見つめる。これはたしか、あの人が捨てたはずの自作のたらこパスタだ。


「さぁ、食べましょう! うーん! 美味しそうねぇ」


 茶色の髪を緩めの横結びにし、淡い黄色のタートルネックに白のパンツ姿のMotherはとても女神とは思えない。私がじっと彼女を見ていると、視線に気づいたのか、優しく微笑んできた。


「なぁに? この格好、おかしいかしら?」

「い、いや。別に」


 私は自分で作った、たらこパスタを一口食べる。間違いない。自分が作ったたらこパスタだ。Motherも席につくと、フォークでパスタを絡め、口へと運ぶ。


「うーん! とっても美味しい!! アキ、これとても美味しいわ」


 私は赤面して、ありがとうと小さく呟く。それからMotherは黙々とたらこパスタを食べ進めていった。時折、隠し味は何かと聞いてきたり、たらこが好きなのかと他愛のないことを質問してくる。これも審査なのかと思い、私は的確にそれを返した。


「一気に食べてしまったわ。ごちそうさま!」


 Motherはお茶を飲んで、一息つく。私も少しして食べ終えてからお茶をすすった。


「あなたの特技は料理なのね」

「そうです。でも、これはもう必要ない。でしょ?」

「どうして必要ないと思うの?」


 私は飲んでいたお茶をじっと眺める。


「もう、意味がないから」

「あなたのお義母さんがこれを食べてくれなかったから、特技を捨てるというのね」

「……意味のないものはとっていても仕方がない。それならあなたが与えてくれる幸福と愛を選ぶ。そのためなら特技なんていらない」

「お義母さんのこと、好きなの?」


 アキは驚いて、Motherを見た。Motherの目は純真無垢そのものだった。私は首を横に振った。


「嫌いです。憎いとさへ思うのに。あなたも知ってるはず」

「ふふ。そうかしらね」


 Motherは意味ありげに、にこりと笑うと、食器を片付け始めた。


「あー、本当に美味しかったわ。これが最後だと思うと少し寂しい気がするわね」


 私も手伝わないと。自分の食器をシンクまで運ぶと、Motherはありがとうとお礼を言ってくれた。


「さぁ、あなたはそろそろ宿題する時間じゃなぁい? ここはいいから、早く宿題終わらせちゃいなさいね」


 これは、審査は終わりだという合図だ。

 私は、はいと返事をして自室の扉を開けようとする。少しだけ振り替えると、Motherは鼻唄を歌いながら食器を洗っていた。


 この人が、母親だったらこんな感じなんだろうな。帰ったらさっきみたいに出迎えて、食事をして他愛ない話をして。私は名残惜しい気持ちを押し殺して、扉を開けて部屋から出た。


 審査は呆気なく終わってしまい。私は構えていた自分が少し恥ずかしく思えた。


 なんだ。

 あんな会話で審査してくれるのなら案外楽勝なのかも。


 私は繁崎の横をわざと通りすぎて、奥に置いてある椅子に座って他の候補者たちを眺めることにした。


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